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私の話 2

 8日の夜にツイッターのアカウントを作った。ツイッターは安全な場所ではないらしいと聞いていたので、それまで使わなかった。けど声を上げるためには、安全な非公開のインスタグラムアカウントの外に出る必要があった。ほとんど使ったことがなかったツイッターのやり方がわからなすぎて、+ボタンを開くまでに手間取った気がする。文字数制限もあるから簡潔な文章にしようと思った。投稿したら攻撃されるだろうなと覚悟しつつ、駅に貼ったポストイットの写真とともに私はこう書いた。

【ポストイットで声をあげよう】 #StopFeminicides
祖師ケ谷大蔵駅にポストイット(付箋)を貼って、ミソジニー犯罪にNOを。
#フェミサイドを許さない #小田急線刺傷事件はフェミサイド #幸せそうという理由で私たちを殺さないで #SmashThePatriarchy #StopFemicides

 1日くらいの間で、追いつけないくらいの量の反応が集まった。数百個のリプライのうち、大半は「ゴミを貼るな」「迷惑をかけるな」という内容だった。駅員さんや清掃員さんのこと、駅の建物や街の景観のことを心配する声がとても多くて不思議だった。台風で風が強いからポストイットが剥がれたらどうするんだ、というコメントもあって、ちょっと笑ってしまった。この人たちは普段から、酔っ払いが駅員さんに絡んでいたら助けてあげたり、駅や街にゴミが落ちていたら必ず拾ってあげたりする人たちなんだろうな、と思った。きっと女が殺されかけたことよりもゴミ拾いが大事な、心優しい人たちなんだろう。

 「器物損壊罪」「軽犯罪法違反」「業務妨害」だという書き込みも多かった。かれらによると、ポストイットを貼る行為は「犯罪」らしい。「フェミサイドと同じレベル」「通り魔と大差ない」というコメントもあった。この人たちは「犯罪」というものに対してすごく敏感なんだな、と思った。性別を理由に人が刺されたことよりも、ポストイットを貼ることが許せない敏感な人たちなんだろう。

 丁寧な口調で、親切にアドバイスをしてくれる人もいた。「声を上げるのは大いにやられていいですが、声を上げる方法が問題だと思います。もう少し、理解を得られる方法を考えた方がよろしいと思われます」「そんなセコセコしないで皆さんでお金を出し合って広告を出せばいいのに。そうする分にはこういう批判も少なくなるとは思いますよ」など。ありがたいことに、この人たちは私が理解を得られるように、私が批判を受けないように忠告をしてくれた。だけどもし私がポストイットを貼らず、ツイッターにも上げなかったら、この人たちは私の声に気づいたのだろうか?私はずっとここに存在しているけど、かれらの中では存在しないことになっていたんじゃないだろうか?

 「『本当のフェミニスト』の人たちが大変迷惑しますのでやめてください」というコメントもあった。その人によると「本物のフェミニストは絶対にこんな非常識な事はしません。さらに言えば、政治的な事にも極力関わりません」だそうだ。これが一番おもしろかったかもしれない。フェミニストには「本物のフェミニスト」と「偽物のフェミニスト」がいて、私は偽物らしい。でもたぶん、「個人的なことは政治的なこと」という有名なフェミニズムのスローガンを知らないであろうこの人も、偽物なのだろう。

 「クソが!」「卵巣詰めんぞ」「うぜぇ」「気持ち悪い」など、ただの罵詈雑言もあった。卵巣を詰めるという日本語の表現を初めて見た。

 そして、ポストイットを貼ったことに対してではなく、「フェミサイドだ」と声を上げたことに対して反発するコメントがあった。「小田急の事件は男女共に被害者が居るのをお忘れなく」「Twitterで『フェミサイド』の単語を使ってる人大体男の命軽視してる 『命は大切だ』ではなく『女の命は大切だ』が多い」「あたかも男はいくら殺されてもいいっていわんばかり」。
 女の話をすることを許せない人たち。どんなときも男の話をしてほしい人たち。今までもたくさん見たことがある。痴漢被害を話題にすれば、冤罪を持ち出す人たちを。「女性差別がある」と言えば、「男だってうんぬん」と返す人たちを。観客の前でマイクを握って大事な話をしようとしたその瞬間に、横からそのマイクを掠め取られるような経験を私たちはしてきた。今、私はそのマイクを取り返さなければならない。女の話をするために。女性が女性であることを理由に差別され、暴力を受けたという話をするために。「すべての命は大切だ」などという言葉で、女の話から話題を逸らされないために。ピンポイントで女性に対する暴力を指摘し、問題化するために。だから私はあえて「フェミサイド」という言葉にこだわる。

 たくさんの攻撃の一方で、確かな連帯もあった。直接駅にポストイットを貼りに行ったと教えてくれた人や、「#StopFemicides」と書いたふせんの写真を私のツイートに返信してくれた人がいた。8月9日には、「自分のものにポストイットを貼るのは誰にも文句言えないだろう」と、おすすめのフェミニズムの本にポストイットを貼ってツイッターに写真を上げる動きも広まった。多くの人がそれぞれの手元にある本からフェミニストの言葉を引用し、「連帯します」というメッセージと共に投稿した。タイムラインを見ながら私の目から涙が流れた。いろんな人がそれぞれの言葉を使って連帯を示す行動をしていた。何かしなければという思いを抱いていたのは私だけではなかったのだとわかった。私も急いで自分の本棚を漁った。
 8月12日には、事件現場からも近い世田谷区のフェミニズム書店エトセトラブックスBOOKSHOPが、店内にポストイットを貼れるように本棚の壁面にスペースをつくり、ふせんとペンを用意してくれた。日を追うごとにどんどん一面がポストイットのメッセージで埋まっていった。そのポストイットは1年が経つ今もなお、壁面をカラフルにいろどっている。私たちは暴力ではなく言葉でつながった。


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