小説 魔女の孫娘たち 兼桝綾

16世紀から17世紀は、最も多くの魔女が火炙りにされた時代である。西洋のフェミニストたちは、以前から魔女を彼女らのシンボルとしてきた。けれど2019年、あなたが有志による勉強会の名前を「魔女の会」と決めた時、仲間たちからは反対の声が多くあがった。露悪的な印象を与え新しい人が入りにくいとか、「魔女」という言葉に惹かれただけの、ただのお喋り好きが来てしまうのでは、とか。けれどあなたは「わたしたちはあなたたちが火炙りにしそこねた魔女の孫娘」というスローガンを持ち出して、最終的に名前を決定した。


勉強会はいかにも魔女たちの集会に相応しい、蔦のからまったカフェの2階を貸し切って行われた。そこは狭くてしかも空調が効かなかったが、あなたたちが親密に膝を寄せ合って勉強をするのには良い場所だった。魔術は現代にもかたちをかえてあらわれる。あなたたちはインスタグラムのストーリーを、ツイッターを、フェイスブックの共有機能を活用してあなたたちがどのように考えているかを発信した。出身大学主催のミス・コンテストや選択的夫婦別姓に対する各自治体の態度、性犯罪で起訴された被告人に対する無罪判決、変えるべきことは、いくらでもあった。
勉強会にはあなたが大学で知り合った友人たち7~8名の他、あなたの中学校・高校からの同級生の女が一人参加していた。あなたとその女は、同じ新幹線で上京した。本当はそれほど、仲が良いというわけでもなかったのだ。けれどあなたの通う学校から、進学のために上京する学生は、あなたとその女しかいなかった。京都までなら許すけどね。東京までいく子なんて普通おらんよ。あなたの母親は言った。でもあの娘も行くよ。あなたは、女の名前をあげた。


女は普段、オーバーサイズのシャツにズボンという格好でいた。背が高く肩幅の広い女はそうすると少年のように見えた。あなたは女に対し「どうしてわざわざ男みたいにしているのか」と思っていたが、賢明にも口にはしなかった。あなた自身は、常にあなたが最も相手を惹きつけると予想される装いをしていた。そしてそれは結果的に「女性らしい」ものになった。実を言えばあなたは仲間たちにも、そのようにしてほしいと思っていた。あなたは例えば化粧がうまくなければ、化粧がマナーとして課せられている事実に対し、抗えないと思っていた。あなたはあなたたちに課されている全てのもの、それらをいざとなれば「完璧にやってのける」ことが出来なければ、それらを拒絶する際に、切実な印象を与えられないと思っていた。一方であなたは、それがあなたが敵から命じられた姿勢を守り続けることであると、その姿勢のままでは、あなた自身が苦しむことになると知っていた。でも現状しょうがなくない?この姿勢を保たなければ、わたしたちはなめられてしまう。「魔女の会」が有名になった時、とあなたは夢見た、私がメディアに顔出ししても、絶対にブスが大きな声だしてなんて言わせない。あなたは夜中、布団を頭までかぶり、スマートフォンを灯して夜営する。インターネットの発達によりあなたはたくさんの魔女の活動を身近に感じることができるが、同時に魔女たちに投げつけられる石も目撃する。あなたはスワイプを繰り返し、彼女らのアカウントにまとわりつく醜悪なリプライに胸を痛め、それらはあなたにも投げられていると感じ、泣く。あなたは悔しい。あなたが石を投げられていることが。あなたは助けてほしい、例えばあの女に。でもあの女は男みたいな格好してるし、きっと私を助けてくれない。

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