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小説 スイミング・スクール/兼桝綾(仕事文脈vol.19)

 東京に五輪が来た夏、私は生まれ育った町に帰省していた。
 本当ならば父親が、初めて上京する夏になるはずだった。父親は東京五輪の競泳個人メドレーのチケットに当選していた。なんで競泳、と思ったが、何でもよかったのかもしれない。父親は私の大学の入学式にも卒業式にも来なかったし、私と夫との結婚式に対しても「嫁側の地元でひらくべし」という持論を曲げなかった(それで夫の家とちょっと揉めて、結局式は挙げなかった)。それなのに、何故、急に東京五輪。娘の一生に一度とされる晴れ姿よりも、五輪のほうが移動の甲斐があるっていうのか。別にいいけど。
 しかし結果として、東京五輪は無観客で開催され、父親のチケットは使われることがなかった。かわりに五輪期間中、私は数年ぶりの帰省をすることにした。ちょうど夏休みをとるべき時期だったし、何より五輪開催の影響でいくつかの仕事が無くなり暇になったからだ。父と同じく私もまた、五輪に締め出されたのだった。

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