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耳かきをめぐる冒険 第三話 ウシ耳かきと言葉のゆくえ

みなさんこんにちは。タバブックススタッフの椋本です。
この連載では、僕の耳かきコレクションを足がかりに記憶と想像をめぐる冒険譚をお届けします。
さて、今日はどんな耳かきに出会えるのでしょうか?
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牛耳かき

ウシ耳かき(手彫り)
掻き心地 ★★★☆☆
入手場所 小樽のお土産屋さん

旅行会社時代、出張で小樽を訪れた際に購入したウシの耳かき。
一見素朴なデザインではあるものの、よく見るとウシが手彫りされていることに気がつく。北海道土産の定番である木彫りの熊よろしく、耳かきの宝庫である北海道では木彫りの耳かきを目にする機会が多いように思える。機械での製造が主流になりつつあるご当地耳かき界でも、人の手のぬくもりを感じられる貴重な一本だ。

ところで、牛といえば牛丼であるが、先日仕事終わりに無性に牛丼を食べたくなって、久しぶりに駅前の松屋を訪れた。
カウンターに座っていると、向かいで食べ終えたお兄さんが律儀にも「ごちそうさま!」と厨房に向かって声を発した。しかし作業中の店員には聞こえなかったのだろう、彼女は振り向くことなく、もちろん返事も返さない。お兄さんは一瞬決まり悪そうな表情を見せたが、すぐに思い直したようにそのまま店から出ていった。そしてドアが閉まる音が合図となって「ありがとうございました~!」という元気な声が店内に響いたのだ。

僕は大盛りのねぎ玉牛丼を頬張りながら、お兄さんが発した言葉、そして店員に伝えようとした気持ちは一体どこに行ってしまったんだろうと思った。お兄さんの声は誰にも届くことなく、油まみれの松屋の床に落っこちてしまったに違いない。

舞台演出家の竹内敏晴は、著書『ことばが劈かれるとき』の中で「声」についてこんなことを述べている。

「言葉は、まずなによりも他者への働きかけである。相手に届かせ、相手を変えることであって、たんなる感情や意見の表出ではない。」

竹内は生前、学生に向けてこんなワークショップを行なっていた。

まず二人一組になって、声を発する側と声を受け取る側とに分かれる。つぎに一方が背中を向けて座り、もう一方がその背中に向けて声を発する。そして背中を向けている方は、相手の声が自分に「ふれた」と思った時だけ振り向くというものだ。
参加者ははじめこそ戸惑うものの、何回も続けている内に微妙な違いに気づいてくる。そして声によって「ふれた/ふれられた」という感覚が次第に掴めてくる。「名前によって判別したりするのではない。まさに自分のからだをめざし、ふれ、突き刺し、動かしてくる相手のからだを受けるということなのだ。」

つまり、相手を「どう変えたいか」という具体的なイメージをもって言葉を発し、自らの声によって相手の身体に「働きかける」ことで、はじめてその声は相手に「届く」ということである。

空になった丼ぶりを前にして、ヨシッ!と決意を固め立ち上がる僕。
相変わらず厨房で背中を向けて作業をしている店員の、まさに後頭部をめがけて声を発した。

「ごちそうさま!」

店員は振り向いて、笑顔で挨拶を返してくれた。
たぶん、彼女への声による働きかけに成功したのだと思おう。

「お兄さんが届けられなかった、油まみれの言葉を拾えたかな・・・?」

そんな空想めいたことを考えながら、僕は満足げに松屋をあとにしたのであった。

(椋本)

*今回登場した作品*


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