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虹色眼鏡:あの頃抱いていた気持ちを忘れないで チサ/さようならアーティスト

 トウキョウの街は色々な真実や嘘を隠して、それはいつも底の方で蠢いている。私たちはそれに気がついたり、知らないふりをしたり、気が付かないで通り過ぎたり、そういうことを繰り返しながら、時間が流れて季節が変わる。

 私が引っ越す前に住んでいた街には寂れたやる気のない電車が走っていて、意味のわからんじじいとばばあがおしゃれな服を着て、平日の昼間から競馬を見に行くようなそういうノスタルジックな時間が流れていた。車窓に見える街並みも古くて、黒ずんだビルにかかる赤茶く錆びた看板には、「ニューヨーク理髪店」なんて書かれたりしており、私はその看板のシルクハットを被った男のキャラクターが、いつも私にウィンクしているように思っていた。高台ということもあって、三階の部屋は窓を開け放してドアを開けると風が吹き抜け、ベランダからは、夏にスタジアムからあがる花火が見える。秋になると高層ビル群の赤い常夜灯が一層はっきりと見えた。

「あの街がとても好きだったんだ。」やる気のない商店街、快速の止まらない駅前の、あの家が好きだったのだ。近くには喫茶店もあって、おばちゃんが三人で店番をしている花屋さんもあった。

 新しく引っ越した街に走っている電車は常に混んでいる。その電車を利用するようになってしばらく経つが、朝夕席に座れたことは一度もない。これではまるで具沢山の肉まんだった。家は駅からも都心からも遠くも近くもなく、広くも狭くもなく、まるっきりつまらないわけでもとびきり魅力的なわけでもないが、高級食品の百貨店も安いチェーンの中華もあるし生きていく分には問題がない。駅前には大手安価のスーパーがあって、しばしばキャベツやニンジンや果物を買って帰る。食材だけ買って帰ろうと思うのにいつのまにか甘味を手にしているのでびっくりしてしまう。なにかむなしい心を食べ物が埋めてくれると思うのはとんだ勘違いだ。その証拠に私の頬にはいくつもの吹き出物が出た。あぁ、ニキビには本当に気が滅入る。この街は全てが新しい。

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