【耳かきをめぐる冒険】 第十話 新幹線耳かきと越境する味噌屋
みなさんこんにちは。タバブックススタッフの椋本です。 この連載では、僕の耳かきコレクションを足がかりに記憶と想像をめぐる冒険譚をお届けします。 さて、今日はどんな耳かきに出会えるのでしょうか?
新幹線耳かき
かき心地 ★★☆☆☆
入手場所 心斎橋のお土産屋
大阪は心斎橋のお土産屋で購入した新幹線耳かき。スタイリッシュな車体をそのまま活かした大胆なデザインが特徴の一本だ。ずっと探し続けていたこの耳かき、新幹線とは全く関係がない繁華街で見つけた時の興奮は今でも忘れられない。
ところで、新幹線といえば、先日北陸新幹線に乗って富山県に出張してきた。富山県庁との仕事で、富山のユニークな取り組みをしている事業者に「働き方」をテーマに取材して回るという内容だ。(※タバブックスとは別の仕事)
到着後まずは絶品のお寿司をいただき、その足で味噌造りを行う小さな味噌屋さんを訪れた。
僕は「食」にまつわる取材をするときはいつも、「あなたにとって“おいしい”とはなんですか?」と質問する。なぜなら「おいしさ」には絶対的な基準がないからして、得てしてその回答にお店の本質が潜んでいたりするからだ。
多くの場合「旬の食材を使う」とか「バランスの良さを追求する」と答える方が多いのだが、富山のみそ職人さんの答えは一味ちがった。
もちろん仕込みや作り方には全力でこだわります。だけど一番大事なのは、どこで誰と食べるかってことだと思うんです。
たとえば、ミシュランに載っているような料理だとしても、悲しい気分の時や嫌いな人と食べても全くおいしくない。一方で、好きな人と一緒であればコンビニ弁当だって遜色なくおいしいと感じることがある。すなわち、この味噌屋さんにとっての「おいしさ」の価値観は、味噌そのものだけでなく、それを食べる環境にも影響され得るということであった。
そうした考えのもと、このお店では味噌を使った料理を地域の人たちと一緒に食べる場を作ったり、人と人とを味噌でつなぐ取り組みにも力を入れている。
味噌屋が「味噌を作る」という枠を越え、コミュニティやワークショップ、商品の開発やプロモーションにまで取り組む。そうした軽やかな「越境」こそが、このお店に他にはない価値を生み出しているのだ。
分野の垣根を越える「越境」のキーワードは、近年ビジネス界隈を中心に盛り上がりを見せている。WIREDが「越境への欲望」という特集を組んだり、「越境学習」という謳い文句のセミナーもよく見かけるようになった。
しかし、「サスティナブル」や「SDGs」しかり、流行はそのキーワード自体を目的化させる作用がある。「越境」も同様で、本来の目的を忘れ、「越境するがために越境する」罠に陥っている匂いをプンプン感じる今日この頃。
そこで思い出すのが、社会学者の見田宗介さんが著した『社会学入門』という本である。この本の中で見田は、「越境する知」と言われる社会学についてこう述べている。
重要なことは、「領域横断的」であるということではないのです。「越境する知」ということは結果であって、目的とすることではありません。何の結果であるかというと、自分にとって“ほんとうに大切な問題”に、どこまでも誠実である、という態度の結果なのです。…自分にとって、あるいは現在の人類にとって、切実にアクチュアルな問題をどこまでも追求しようとする人間は、“やむにやまれず“境界を突破するのです。(岩波文庫版, P7)
「ほんとうに大切な問題」のありかとかたちは、人によって実に多種多様だ。例えばコンプレックスやマイノリティへの偏見、生きることの意味も張り合いも見出せないとか、テロリズムと戦争の根源、環境破壊や生態系、アートやデザインやモードの問題、自分らしく生きるにはどうすればいいか、などなど。
それは見田さんにとっては「本当に楽しく、充実した生を送るにはどうしたらいいか」という問題であり、富山の味噌屋さんにとっては「人と人とが一緒に食卓を囲む風景を取り戻すにはどうすればいいか」という若い頃から抱き続けてきた問題であるわけだ。
その問題をまっすぐに追求しようとするとき、どうしても一つの分野では収まりきらず、気づいたらいろんな分野の垣根を“越境してしまっている”。そうしたある種の中動的な「越境」こそが、その人の唯一無二性を生み、それが「生きがい」とか「生きる意味」につながってくるのだと思う。
「僕は自分にとって本当に大切な問題を、手放すことなくまっすぐに追い求められているだろうか?」
ワンルームの自室で純正味噌をのせた豆腐をほおばりながら自分自身に問い直す、ある夏の一日であった。
(椋本)
↑味噌屋さんの向かいに広がる富山の田園風景。空がひろい〜
↑県庁の担当者さんがおすすめの絶品のお寿司たち。これで880円…(破格)
↑自宅で食べた純正味噌がのったお豆腐。麹がつぶつぶしててめちゃくちゃ美味しかった。
↑僕がもっとも影響を受けている見田宗介(真木悠介)さん。この本と『気流の鳴る音』がバイブルです。