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#4 『料理初心者に多い3つの勘違い』
実技についての解説を進めていきたいのも山々ですが僕が料理を教える人には、ただ単に技術的な作業がこなせるだけではなく、正しい知識やマインドを持って料理に向き合えるようになって欲しいという身勝手な願いがありまして、たまに調理とは無関係な話に脱線してしまうこともありますが何卒お許しくださいませ。
今回は料理初心者の方にありがちな3つの勘違いについてご紹介します。
これまで指導してきたスタッフの中にも、これらの勘違いをしている人が非常に多く、特に若い世代の人たちに限ってはほぼ100%に近いくらいの割合でしたので誤った認識はこの機会に払拭しておきましょう。
① 料理の正解と不正解
あなたがある日、有名な料理研究家のクッキング動画を見ていたら、こんなことを言われていました。
『ナスは野菜の中でも特にアクの強い食材で、切ったまま放置しておくと切り口が褐色に変化します。変色したナスは見た目が悪くなるだけでなく、渋みが出て料理の味も落ちてしまいます。ボウルに張った0.5~1%濃度の食塩水に10分ほどさらすだけという簡単な下処理をすることで変色を抑えられ、ナスの美味しさもグンとアップします。これはナスという食材を扱う上で基本中の基本的な下ごしらえですので、みなさんしっかり覚えておいてくださいね!』
あなたは、ふ~ん、そうなのか。
なるほど覚えておこう!と思います。
後日、専門料理雑誌を読んでいたら1年先まで予約が取れないことで有名なカリスマシェフのインタビューが掲載されており、こんなことが書かれていました。
『良くナスを水や食塩水にさらしてアク抜きするという人がいますが、このアクと呼ばれているのは実はナスの皮に含まれているアントシアニン系色素の一種でポリフェノールの一種です。ブロッコリーやホウレン草よりも強い抗菌作用を持ち、ガンや生活習慣病のもとになる活性酸素を抑え、コレステロールの吸収を抑える作用もあります。また眼精疲労の回復にも役立つと言われています。水にさらすことでこの貴重な栄養素のほとんどが失われてしまう上、素材自体も水っぽくなってしまうので私はおすすめしません。少し色が変化することも、アクのように感じられるクセすらもナスという素材の大切な味わいの一つなのです。』
あれれ…? あの有名な料理研究家は間違ったことを教えていたのか?
それとも、このシェフが基本中の基本を理解していないのか??
そして混乱したあなたは僕にこう尋ねます。
『これはどっちが正解なんですかね?』
似たような事例をもう一つ。
僕が以前に投稿した『最強に美味しいご飯の炊き方』という記事がありましたが、それを真面目に勉強して頭に叩き込んでくれていた人が、ある日のテレビ番組を見ていると日本で数人しかいないお米マイスターの資格を持つとかいう専門家が出てきて、こんなことを言いました。
『お米は冷水を使って炊くというのが常識かのように言われていますが、あれは大きな間違いです。実は米はお湯で炊いたほうが粒立ちが良く光沢のある炊き上がりとなり、冷水から炊くよりもはるかに美味しくなるのです。』
出演者の芸能人たちが「おお~!それは知らなかった!」と一様に驚き、実際にお湯で炊いたご飯を試食して「わぁ、全然違う!めちゃくちゃ美味しい!」と称賛の嵐が巻き起こって番組は終了します。
そして、その番組に衝撃を受けた人が僕に言ってきます。
『翼さん、あなたのご飯の炊き方って間違ってますよ!』
はい。
結論から申し上げますと誰一人も間違ってはいませんし、逆に絶対的な正解者も僕自身を含め、誰一人としておりません。
実はこういったことは料理の世界では当たり前といいますか、むしろ非常によくあることなのです。
なぜならば、それを食べた人が美味しいと感じたら正解で不味いと思ったら不正解だからです。つまりAさんにとって正解の料理がBさんにとっては不正解ということはいくらでもあり得るということです。
基本的な考え方は激辛料理なんかとも同じですね。
辛いもの好きにとっては大正解ですが苦手な人にとっては最低最悪です。
食材の好き嫌いも影響します。
パクチーが好きな人にとって山盛りは正解ですが、嫌いな人にとっては1片でも入っていたらマズい料理ということになります。
それならばと、パクチーが苦手な人のために味や香りが完全になくなるような下処理を施して作りあげた料理はというと、それは果たしてパクチーを使った料理として正解と言えるのでしょうか。
ナスのアク抜きの話も、子どもや渋みが苦手な人でも誰でも美味しく食べられ、見た目や食感を重視する人にとっては下処理することが正解なのかもしれませんが、アクの中にある食材の栄養素やナス本来のクセや味わいを重視するシェフにとってはアク抜きしないことが正解だということです。
ついでですので名誉のために一応、お米の炊き方の件にも触れておきましょう。
米は冷たい水から炊くことでゆっくりと水分を吸収し、炊きあがる頃にちょうど飽和状態となり、ふっくら粘り気のあるおいしいご飯になります。また、この冷水からゆっくりと沸騰していく過程で米の糖度が増すということが科学的にも実証されています。
そういった根拠から僕は家庭で炊く5合くらいまでの炊飯器ではこの方法がベストだと考えて紹介しています。
ただ、業務用の巨大な炊飯器で3升など大量の米を一気に炊くような場合はぬる湯を使って時間短縮したほうがご飯の状態が最適だったり、その後も保温時間が長くなるため、粘り気が少なくさっぱりした状態に炊いておいたほうが扱いやすいという事情もあったりして、僕はお店で米を炊く際はぬる湯を使い、水量もやや少なめにするよう指示しています。
さらに細かく言いますと僕は普段のおかずに合わせるための、いわゆる白ご飯を炊く時は日本のお米を使って冷水から炊きますがカレーやリゾットやチャーハンを作る時は輸入米を熱めのお湯から炊いてさっぱりパラパラに仕上げることもあります。その方が相性がよく美味しいと思っているからです。つまり炊く量や目的の料理に合わせて、ご飯が自分の思うベストな状態になるように水の温度や量、米の種類を使い分けているということです。
このテレビに出ていたお米マイスターさんは甘くてモチっとした粘り気のあるご飯よりも、パラパラした粒立ちの良いさっぱりした食感のご飯のほうが個人的にお好みなのでしょう。正解でも不正解でもなく、ただそれだけのことなのです。
では、料理初心者は何を基準に料理を学んでいけば良いのでしょうか?
答えは簡単です。
何が正解で何が不正解などと区別せず、今まで知らなかった知識を得た時には『こういうパターンもあって、その場合はこういう特徴が出るのか…』とあらゆる手法を自分の引き出しの一つとして吸収していくことです。
まずは目の前の一つの方法を学べば良いでしょう。
そして後から得た違う情報も第2、第3のパターンとして否定をせず、素直に受け入れながら実際に試していくことが大切です。
様々なパターンを試す中で自身が一番美味しいと感じた方法があなたにとっての正解であり、自分で食べる料理を作る時はその方法のみを用い続ければ他人にとやかく云われる筋合いはありません。
そして、自分以外の人が食べるための料理を作るときは以下のような選択をする必要があります。
【他人が食べる料理を作るときの選択】
・あくまで自らの好みを基準とし、賛同する人だけ美味しければ良い。
・厳密には自分の好みと少し違うが広く万人受けする美味しさを重視。
・個人の好みや年齢などに合わせて、その都度、調理法や味を変える。
・マズくはないことを前提に人が意外性を感じる個性的な味を目指す。
これらも、どの方法を選んでも正解や不正解はありません。
ただ料理が得意で上手な人になればなるほど、どのパターンでも自由に選ぶことができるようになります。
ご飯の炊き方を5パターン以上、知っていても良いのです。
3パターンのナスの下ごしらえを使い分けても良いのです。
10種類のカルボナーラの作り方を知っていても良いのです。
無知ゆえに1つの方法だけに固執して他を排除するのではなく、あらゆる情報を知った上で自分にとってベストな方法や相手にとってベストな方法を選択できる力を身につけるということです。
ある意味、料理を学ぶ上ではそれが絶対的な正解です。
② 賞味期限という名の呪縛
もう1週間も前に賞味期限が切れてるから早く捨てなきゃ。
こんなの間違って食べたら絶対お腹こわすよ。
料理初心者の方ほど賞味期限を気にする方って多いですよね。
そもそもまず、賞味期限と消費期限と呼ばれる2種類の期限が存在していることはご存知でしょうか。
・賞味期限 … 美味しく食べられる目安日のこと。
・消費期限 … 安全に食べられる目安日のこと。
つまり、消費期限については多少気を付ける目安にすべき必要はあるものの、賞味期限については期間を過ぎたところで食品として食べることに関しては全く問題ありません。品質が変わるといっても多少風味が落ちる、少しだけ固くなるなど、一般人が気づかないレベルの劣化である場合がほとんどです。
もちろん、いずれもパッケージに書かれている定められた方法に従って未開封保管していた場合が前提ですので、それ以外は注意も必要ですが賞味期限については製造日から賞味期限日までのおよそ1.5倍くらいの期間までは問題なく食べられるとされています。
製造日が分からなければ購入日をパッケージなどにマジックでメモっておき、購入日から賞味期限までの日数を1.5倍した日くらいまでは、ほぼ確実に問題なく食べられると考えて良いでしょう。購入日は製造日よりも確実に後なわけですからね。
とにかく、これから料理を学ぶ人は賞味期限も消費期限もあくまで目安であるということを強く認識しておくべきです。
本来は野菜も肉も魚も牛乳も玉子も既製品も、ありとあらゆる食材に明確な期限なんてものは存在しません。賞味期限の内であろうと外であろうと常に食材の色や匂いや状態や味を確認する癖をつけることが大切です。
慣れるまでは賞味期限や消費期限を目安にすることは衛生上、大切なことかもしれませんが、日々の料理で食材を扱う際に五感をフル稼働させて観察していると、それぞれの食材が時間を経るに連れて、どのように変化していき、どの時点から食べられなくなるのか、どういう状態のときに美味しくて、どういう状態のときに不味いのかといったことが自然と経験から判別できるようになっていきます。
そして、普段から扱っているときの状態と今日は何かイヤな感じに違うな…と感じたときが食材が変質してしまっている合図です。そういう時は逆に消費期限や賞味期限の期間内であろうとも自らの健康のため、潔く廃棄するようにすべきです。
この食材を見極める目を養うことで、スーパーなどに同じように棚に並べられている野菜を見ても「このブロッコリーよりも、こっちのブロッコリーの方が2日くらい新鮮だな」と分かったり、「この牛肉の色だとパッケージを開けたらこんな感じの匂いがして、おそらく今日中に使い切らないと明日になったらアウトだな」などと感覚的に察知できるスキルが身につきます。
そして自作した料理で賞味期限の表示などなくても、日々状態を確認して「まだいける」「まだいける」「今日までかな」「はい死んだー」と自分で何の不安もなく期限を正確に判断することが可能となります。
ちなみに家庭から出る食品ロスは年間で約300万トンと言われています。
数字を聞いてもピンときませんが、これは日本の社会全体で消費されている量のほぼ半分を占める割合なのだとか。つまり、買われている食材の約半分はそのまま捨てられているだけということになります。
そして、その食品を捨てた理由ランキングがこちら。
【食品を捨ててしまった理由】
第1位 食べきれなかった
第2位 腐らせてしまった
第3位 賞味期限や消費期限が切れてたから
1位~3位までどれも全て個々が気をつけていれば廃棄を避けられたかもしれない理由ばかりです。
期限という人間が後付けした数字の呪縛なんかに因われること無く、自身の目で正しく食材の状態を判別できるよう、常日頃から扱う素材の一つ一つとじっくり向かい合うように努めましょう。
③ 盲目的なレシピ信者
あのレシピ本にこう書いてあったから、こうしなきゃ。
レシピ通り正確に作ったはずなのに美味しくできない。
レシピ集に掲載されていた完成写真と実物が全然違う。
などといった、レシピに関する声も良く聞きます。
これも勘違いされている方が多いのですが、どこぞで見たレシピが絶対的に正しいと信じることは完全に無意味な行為なのでやめましょう。
その主な理由は以下の3つです。
【レシピを盲目的に信じてはいけない理由】
・この世に全く同じ食材や全く同じ環境は存在しないこと。
・分量の計測自体が人によって変わるため大雑把であること。
・レシピには書かれていない工程や技術が多数隠されていること。
まず、1つ目の理由から。
仮にレシピに『玉ねぎ … 1個』という記述があったとして、この1個の重量、収穫時期、産地、鮮度、糖度、辛み、硬さ、水分含有量…など100個の玉ねぎがあれば100個それぞれに状態や味は違い、この世に1つとして全く同じ玉ねぎというものは存在しません。
玉ねぎの重さがほんの20g違うだけでも、調味料の量が同じなら確実に仕上がりは変わりますし、素材の甘さが違うだけでも厳密には砂糖の量を調整しなければレシピを作成した人が作った味付けと同じにはなりません。
まして、調味料である砂糖や塩ですら旨味や風味や濃度や品質やメーカーなどによって違うわけですし、同メーカーの醤油でさえ製造時期や原料の状態によって味は変化します。水、牛乳、酒、みりんまでレシピに登場する全ての食材がこのように違うわけですから、たとえレシピ通りに作っても味や完成状態が同じになりようが無いのです。
素材だけではありません。
『250度のオーブンで3分焼く』といった指示にしても、オーブンのメーカーや性能、形状やサイズ、熱源の位置、コンベクションや加湿機能の有無、庫内の料理の置き場所などによって仕上がりは大きく異なります。
3分という時間ですら、オーブンの庫内に入れてからタイマーのある場所まで歩き、開始ボタンを押して、その場を離れ、タイマーが鳴った時点でキッチンまで歩いてきて止め、一度中の状態を覗いてから開ける…という一連の流れだけを見ても必ず差異は発生します。
さらに言えば、レシピが作られた季節や部屋の温度、作成した人のその日の体調や味覚までが影響していることを考えると、もはやレシピの指示や数値を盲目的に信じる意味など全くないことは明白です。
そのレシピを作成した張本人でさえ、作成時と全く同じものを再現するのは限りなく不可能なわけですからね。
2つ目の分量や計量について。
これも基本的に同じことですが『大さじ1杯』が計量スプーンに山もりではなく、すり切り一杯という共通認識があるまでは前提で良いでしょう。
しかし、このすり切りという状態が人によってあまりにも曖昧なのです。
ほんの少しの指の凹凸や、すり切り一杯にするために使った道具によって、ひどい場合は2gほど変わる場合も珍しくはないでしょう。
疑うのであれば試しに電子スケールの0.1g計測で自身や他の人と大さじ1杯を何度か実際に測ってみてください。
大さじ1杯で味付けする料理の量で塩が2gも変わってくると味には相当大きな影響を及ぼすはずです。
まして、小さじ 1/2なんて他人と一致させる自信はありますでしょうか。
またレシピ作成者は、レシピを複雑にしないためにあえてキリの良い数字に書き換えるものです。
実際に作って測った際には
・塩 … 16g
・砂糖 … 9g
・黒こしょう … 0.3g
・タカノツメ … 0.2g
上記が本当のベストだと思ったとしても
・塩 … 15g
・砂糖 … 10g
・黒こしょう … 2ふり
・タカノツメ … 1つまみ
このように作ってもらいやすそうなキリの良い数字に置き換えるでしょう。
これは何も特別なことではなく、30人のレシピ作成者がいたら30人全員が実行されることかと思います。別に悪いことではありませんが作成者が本来イメージしていた味とは微妙に異なってしまっていることは確実です。
最後にレシピには書かれていない工程や技術について。
多くの人の目に留まる場所でレシピを公開しているような人は、そこそこ料理の腕に自信のある人がほとんどでしょう。
レシピに掲載できる文章の量には限りがあります。
『中火で半分量になるまで煮詰める』
とだけ書いてあったとして、その現場で実際に行われている作業内容とは
『まず初めは強火で一気に沸騰させ、沸いたら中火に落として、底が焦げ付かないよう1分に1回くらいは木べらなどを使って底から混ぜる。混ぜる際には具材を崩してしまわないよう力加減や混ぜ方にも気を配る。煮詰め具合は途中で複数回の味見をして適性な濃度を見極め、やや火の通りがあまい食材があれば一時的に蓋をして弱火に切り替え、煮込み時間を延長。煮詰まりすぎたと判断したら目分量の水を加えて水分量を調整する』
このように料理の知識や技術がある人は、レシピには到底書ききれないような膨大で繊細な調理工程を当たり前のようにこなしていたりします。
これを料理初心者の人がレシピの説明通りに最初から最後までひたすら中火で、混ぜることも調整することもなく、ただ半分量になるまで放置しておいたら、全く違う仕上がりになることは容易に想像できるでしょう。
レシピ通りに作ったのに美味しくない、仕上がりが見本写真と違うなんてことは、そりゃ当然ですよという話なのです。
これらの理由からも分かる通り、レシピを料理の正確無比な設計図だと考えてはいけません。
レシピとはあくまで料理の草案程度のものと捉え、記述内容を過信しすぎることなく、配合のアイデアや調理工程の参考として、自分で頭を使って考えながら読み込む必要があります。
そして、そのレシピ作成者が最終的にどういった料理に仕上げたかったのかを常にイメージしながら作っていくことが大切です。
最初に作る時には掲載されている配合量を可能な限りきっちりと計測して作ってみることは重要ですが、2度目や3度目に作るときは自分好みの仕上がりなるよう少しづつでも調整を加えていくことで、他人のレシピだったものが徐々に自分のものとなっていきます。
④ 要点まとめ
・ 料理には正解も不正解もない。あらゆる情報を吸収すること。
・ 賞味期限や消費期限に囚われず、食材そのものを観察しよう。
・ レシピとは単なる料理の草案であり、正確な設計図ではない。
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