#1【サンフレッチェ広島レジーナvs長野パルセイロレディース|試合レビュー】吉田新体制の輪郭を探る|2024-25年WEリーグカップ第1節
サンフレッチェ広島レジーナ4年目のシーズンが開幕しました。今年は吉田恵さんが新監督に就任したということで、チームにどのような変化が起きるのか注目ですね。
そこで、せっかくですので新監督就任でチームがどのように変わったかを中心に、WEリーグ杯第1節サンフレッチェ広島レジーナvs長野パルセイロレディースのレビューを書いていきます。
吉田新監督が目指すサッカーの輪郭
まずは吉田新監督が目指すサッカーの輪郭が、試合の中でどのように現れていたかを振り返っていきましょう。
90分通して色濃く見えてきたのは以下の4つです。
守備組織の構築
レイオフを多用したビルドアップ(サポートの重要性)
ATではインナーラップによる崩しの狙い
SBを上げてSHを絞らせるローテーション
攻守共に明確な狙いが見えており、ピッチ上の選手たちが理解しながらプレーしている姿も見えており、初戦にしては中々の完成度と言えるでしょう。
守備組織の構築
吉田監督は就任会見から各所インタビューに至るまで、守備の構築に関するコメントを多くしていました。今まで以上に細かい要求を行うことが宣言されており、そういう意味では初戦の内容はチームの方向性という意味で非常に重要です。
そんな中でまず見えてきたのが「守備組織全体でスライドしながらコンパクトに守る」意識の高さでした。個々の選手間の距離を一定に保ちながら、ボールの移動に合わせて組織をスライドさせる姿は、これまでのレジーナには足りない部分でした。
【サイドに展開された時のスライドの意識の変化】
このシーンではサイドを突破されているのですが、DFラインの適切にスライドをしつつ、バランス良くスペースを守る意識が見えます。(中盤の選手がプレスバックしてバイタルエリアを埋める意識の高さもgoodです。)
ちなみに去年までは以下の動画でも分かるようにDFラインをスライドする意識は希薄でした。
サイドを突破された瞬間の画像を比較すると違いが明らかかと思います。(※センターサークルを目印に比較すると分かりやすいです。)
違いとしてはボールにアタックしている選手以外の動きで、右CBはカバーしやすい位置、左CBはピッチ中央まで絞っていますし、左SBもそれに合わせてより絞ったポジションをとっています。
組織全体でスライドをしながら、コンパクトにボール周辺のスペースを埋めていく。吉田監督が求める守備の姿が見えたシーンでした。
次に挙げるのが、DFラインのカバーリングの意識の高さで、ボールにアタックした選手の斜め後ろに絞る基本の動きが意識されていました。
【ボールに対してコンパクトに絞る意識】
動画のシーンでは相手のカウンター気味になっていますが、ボールを中心にコンパクトに守る、ボールにアタックした右CB左山選手の斜め後ろを右SB近賀選手と左CB市瀬選手、左SB藤生選手がカバーして守るといった基本に忠実なプレーでした。
去年までの一人一殺的な思想のマンツーマンではなく、ボールを中心にコンパクトに守る意識が高まっています。
こういった守備のディティールは、ロングボールに対する対応にも現れており、蹴られる瞬間に準備のためのバックステップを行いながら、競りに行った選手の斜め後ろをカバーするというのも徹底されていました。
【ロングボールに対する準備】
試合全体を通して、吉田監督が守備に関して細かい要求を繰り返していることが分かる内容でした。初戦でこれだけコンパクトな陣形で、細かい部分の意識を高くっ持ちながら守備ができるのであれば安定した戦いが可能になるでしょう。
レイオフを多用したビルドアップ(サポートの重要性)
吉田監督の指導は非保持だけでなく、保持の部分にも現れており、その1つが「レイオフを多用したビルドアップ」です。(当てて落としてってやつですね)
去年までは後ろからボールを運びながらピッチを広く使った保持を志向していましたが、求める理想と選手のスキル及び指導力がミスマッチだった印象でした。
そのような中で吉田監督が仕込んでいる保持は割と現実思考というか、レイオフのパターンとサポートのやり方を共有しておけば比較的すぐに実現できそうなやり方だと思います。
今回の試合で見られたレイオフのパターンは以下の通りです。
【IH→アンカーへのレイオフ(多分笠原選手が真ん中にいる前提でのパス)】
これは失敗なのですが、SBからIHに当ててアンカーの笠原選手が前向きにサポートするのは間違いなく狙っています。(こういったシーンでのサポートの上手さが笠原選手がアンカーで起用される理由の1つかと)
【IH→SBへのレイオフ】
プレス回避でよく見られるレイオフのパターンだと思います。誰に当てたら誰がサポートするかといった点が共有されていますね。
【SH→IHへのレイオフ】
中央を閉じられた際はSHを使ったレイオフを有効に利用していた印象です。渡邊選手は右SHでの起用でしたが、プレス耐性の高さや相手の矢印を折るのが得意という特徴が、サイドでの逃げ口として活きていると思います。
ATではインナーラップによる崩しの狙い
主な前進方法はレイオフを中心としたものでしたが、アタッキングサードではインナーラップを使ったポケット攻撃を中心に据えている印象です。
ポケット攻撃を担うのはIHの右・小川、左・瀧澤で、裏抜けを餌にしながら小川と渡邊でワンツーを狙うといったバリエーションも見えました。
【SH渡邊→IH小川のポケット攻撃】
これは先制点に繋がったシーンです。サイドで受けた渡邊が相手と正対しながらプレスを止めて作った時間で小川がSBの裏にランニング。パスの角度的に少しシビアでしたが、小川が身体を当ててマイボールにし、マイナスのクロスから藤生がミドルを打ち込みました。
こういったポケット攻撃から最深部に侵入して、ペナ角クロスからの得点パターンは積極的に狙っていきそうです。
【SH中嶋→IH瀧澤のポケット攻撃】
こちらは左サイドでのポケット攻撃です。ミスパスにはなりましたが、瀧澤選手が相手の背中からタイミングよく飛び出し、パスが合えば1点もののシーンでしたね。
欲を言えば中嶋選手がカットインして中の選手を引きつけた上で瀧澤選手にパスを出していれば弱いパスでも通っていたと思います。(※参考↓↓)
SBを上げてSHを絞らせるローテーション
ポジショニングに関してはSBが積極的に高い位置を取ってSHが絞る形が多く見られました。SBが絞るとIHが降りてボランチ化するなど、ローテーションもスムーズに行われていました。
【渡邊選手が絞って近賀選手が上がる前半】
【中嶋選手が絞って藤生選手が上がる後半】
新しいポジションでプレーした選手たち
吉田監督になりチーム全体の志向性や選手の評価基準が変わったことで、新たなポジションで起用される選手が出てきました。ここでは、新しいポジションでプレーした選手たちの評価や起用理由を振り返っていきます。
可能性を見せたバランス型アンカー・笠原選手
開幕戦でアンカーを任されたのは大卒2年目の笠原選手です。元々ボランチの選手ですが、サポートの上手さはあるものの展開力には乏しく、ボールに関わる量で勝負するタイプだと思っていました。
そのため、アンカーよりもIHっぽいなと考えており、まさかのアンカー起用で驚いたのですが、さらに驚いたのが笠原選手のパフォーマンスです。特に守備の部分においては、各局面での意識が高く、重要なスペースを常に守っていた印象です。
【CBが迎撃に出た際に空いたスペースを守る笠原選手】
【CBがサイドにカバーリングした際にCB間に戻る笠原選手】
CBが迎撃やカバーに出た際、一時的にDFラインにギャップが生じることがあります。そのようなシーンに対して、笠原選手は高い意識を持ってカバーリングを繰り返していました。
こういったプレスバックの意識の高さは、吉田監督が求めた部分もありますが、笠原選手が持つ運動量の多さや気が利く部分がマッチしたのだと思います。
【長い手足を利用してパスカットを狙う笠原】
後、笠原選手は手足が長いんですよね。構えて守る上で「手足が長い=瞬間的な守備範囲が広い」なので、パスカットを狙ったり、フィルターとして相手を止めたりといったプレーが期待できます。
ポジショニングの良さと共にこぼれ球への反応も速いため、吉田監督が求めるバランス型のアンカー像に最も近い選手かもしれません。
【相手を背負ってキープして繋ぐ笠原】
【ロングボールをトラップして繋ぐ笠原】
保持の部分は課題もあるものの無難にこなしていたと思います。タッチがスムーズでボール循環させる能力はありますし、相手を剥がすチャレンジも見せています。
マルチな効果をもたらすSH渡邊選手
2つ目のサプライズは右SHで起用された渡邊選手です。おそらく立花選手のコンディションが仕上がっていないのが起用の理由だと考えられますが、だとしてもアタッカータイプではなく、渡邊選手を起用したのは驚きでした。
【サイドで溜めを作って小川のインナーラップに合わせる渡邊】
渡邊選手に求められたタスクは、サイドでのドリブル突破ではなく、サイドで時間を作ってIH小川選手のインナーラップに合わせるのが中心でした。
昨年も立花選手と上野選手の組み合わせで似たようなプレーは見られましたが、渡邊選手・小川選手の組み合わせは、その形を積極的に狙っているように感じました。
【相手との正対から引きつけてワンツーを狙う渡邊選手】
渡邊選手の特徴に「相手の矢印を折るのが得意」というのがあります。
中盤でのプレーでもその特徴は色濃く出るのですが、サイド起用でプレー角度を180度に狭めて認知的な負担を軽減しつつ、相手がプレスに来る方向がシンプルになることで、相手との駆け引きに集中できていた印象です。(去年右SBで起用された際も同様の印象でした。)
サイドでのワンツーを狙ったシーンは何度も見られましたが、共通しているのはボールを受けた渡邊選手が相手と正対してプレスの勢いを止め、ギリギリまで引きつけた上で相手と入れ違うように抜け出していたことです。
「相手と正対しながらプレスを止め、相手の矢印を折るプレーで局面を打開していく」。渡邊選手の右SH起用は、プレス回避の際の逃げ道としても、コンビネーションを使ったサイドの突破にも有効です。
【トラップで相手を交わして小川へスルーパスを通す渡邊選手】
このように相手が突っ込んできたらファーストタッチで矢印を折ることも可能です。本当は中盤でその特徴を発揮してほしいけど、現状のスキルや運動能力を考えると、サイドで起用した方が持ち味を出しやすいのかと思います。
ダイナミックな動きを求められる小川選手
昨年はアンカーとして保持の中心的存在として振る舞っていた小川選手でしたが、今年からはIHとして起用されており、ダイナミックなプレーが求められています。
特に、右サイドでのポケット攻撃は同じような形を何度も狙っていましたね。
【インナーラップで侵入を試みる小川】
また、ポケット攻撃で前に出るだけでなく、ビルドアップ時は降りて関わりながら、レジーブ能力の高さを見せています。
【IHとして降りてボールを引き出す小川】
小川選手をダイナミックな選手として育てるのは正直複雑な気持ちですが、どうなるか見てみようかと思います。
試合を通した雑感と今後の課題
試合全体の流れとしては、前半早々に狙いを持ったポケット攻撃から藤生選手の強烈なミドルシュートで先制し、レジーナの空気で試合を進められました。途中CKから同点に追いつかれますが、コンパクトな組織守備は機能していましたし、ボックス内での危ないシーンはほぼなかったと思います。
保持でも狙いを持った前進手段と崩しができており、初戦で連携面での課題は残りますが、チーム全体で意思統一をした戦い方ができていました。前半の途中から4-5-1気味のブロックが後ろに重たくなったのが原因で、相手に押し込まれるシーンも続きましたが、後半明確に4-4-2に切り替えて相手へのプレスを強め陣地を取り返した修正も良かったと思います。
セットプレーで2点を追加し、リードを広げた後も、安定した試合運びで試合を終え、盤石な勝利となりました。試合全体と通して、コンパクトで連動した守備組織が機能していたこと、チーム全体で意思統一ができたボール保持ができたこと、この2点において勝つべくして勝った試合と言えるでしょう。
ただ長野が非保持寄りのチームで、次以降に対戦する大宮と神戸が保持に取り組むチームであることを考えると、この組織守備がどこまで通用するのかはまだ未知数です。連携面に関しても細かいミスは多く、初戦であることを差し引いても改善は必要でしょう。
個人的には崩しの局面でチームとして狙う形に拘り過ぎな印象は受けました。ポケット攻撃に執着するあまり角度やスペースが厳しい中でも無理矢理パスを出すシーンも見られました。これも初戦ということでチームの形を意識するのは仕方のないことですが、状況によってはやり直しを選択したり、あえて違うプレーを選択するなど、柔軟性が求められるかもしれません。
とはいえ、新監督を迎えた初戦で快勝できたのは大いに評価できます。チームの雰囲気も良く、選手と監督の距離も徐々に縮まっているようなので、この勢いをキープして次節も勝利を目指しましょう。
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