#3【サンフレッチェ広島レジーナvs INAC神戸レオネッサ|試合レビュー】強豪相手に優位に立ったハイプレス戦術|2024-25年WEリーグ第1節
カップ戦から一足遅れてリーグ戦が開幕しました。今シーズンはカップ戦とリーグ戦を並行して行うスケジュールのため、頭を切り替えながらも、集中力を維持しながらの戦いが必要となります。
初戦の相手はINAC神戸。WEリーグ3強の1つでもありながらレジーナにとっては比較的相性の良いイメージある相手です。
INAC神戸はスペイン人のフェロン監督2年目のシーズンでもあり、主力が何人か抜けながらも、スペイン人選手を中心に積極的な補強を行いました。レジーナとして吉田監督のサッカーがどれだけ通用するのかを示す良い相手と言えるでしょう。
組織的なハイプレスでゲームを支配したレジーナ
レジーナは試合開始直後、アンラッキーなミスで失点をしたものの、動揺を一切見せず、組織的なハイプレスでゲームを支配しました。
カップ戦の2試合はプレス志向よりもブロック守備に主眼を置いており、ここまでのハイプレスを見せたのは今季初です。
さらに、昨シーズンまでのボールホルダーに真っ直ぐ向かっていくだけで連動しないプレスではなく、組織で連動して相手を誘導しながら前進を妨げ、ボールを奪うことに成功していたと思います。
強豪のINAC神戸相手にこれだけ圧倒したゲームを展開できたのは、チームとしてもかなりの収穫ではないでしょうか。
FWの献身性とSHの適切な誘導
レジーナがこの試合で見せたプレスの基本構造をまとめていきます。まずはツートップの上野・柳瀬両選手が中央を閉じながらボールを相手SBへ誘導していきます。
相手SBに展開されたらレジーナのSH中嶋・渡邉両選手はコースを切りながらプレスをかけ、相手の前進を妨げていました。この間も組織全体をスライドさせながらコンパクトな陣形を保っています。
中でも、気になったのは両SH(中嶋・渡邉)のコースの切り方の違いです。相手SBに入った際のコースの切り方は以下のようになっていました。
左SH:中嶋→中のパスコースを切りながら外に誘導
右SH:渡邉→縦のパスコースを切りながら中に誘導
この「中切り」と「縦切り」の対応の差に関しては、スペースの有無やスライドができているか、などセオリーに従う部分もありますが、今日に関しては両SBのキャラクターが関係していると考えられます。
左SB藤生選手は対人能力に優れた選手なので、左SH中嶋選手は中を切って外に誘導し、藤生選手のところで相手を潰すプランだったのかもしれません。
一方で、右SB近賀選手は対人部分に不安が残ります。そのため、右SH渡邉選手は縦のパスコースを切って近賀選手が1対1で晒されないよう隠していたのかもしれません。
コンパクトにスライドをしながらパスコースを限定しているため、相手が縦にボールを蹴ってきても容易に回収が可能です。
基本形のプレッシングだけでなく、SBのキャラクターも加味した上で、微調整ができた部分はチームとしての積み上げが感じられますね。
CBの積極的な迎撃とカバーリングの意識
ハイプレス戦術で気にしなければならないのは、後ろの選手の連動です。前の選手ばかりが勢いよくボールを追いかけても後ろが連動しなければ中盤にスペースが空いて簡単に前進されてしまいます。
INACもレジーナのハイプレスに対して、プレス隊を裏返すようなボールを狙っていました。それに対しては、CBの左山・市瀬両選手を中心に積極的な迎撃と意識の高いカバーリングが行われていました。
DFラインの統率に関しては、前2試合でも見せたように吉田監督はかなり細かく仕込んでいる印象です。この試合でも、ハイプレス戦術を機能させるために、積極果敢なDFとコンパクトさを維持する組織を組み立てていたのでしょう。
インナーラップでポケットを狙う攻撃
レジーナの主攻撃は前2試合で見せたように「レイオフを中心とした前進」と「インナーラップを使ったポケット攻撃」です。
この試合でも意識して狙っている様子は見られましたが、相手の能力の高さや芝の影響もあり、中々イメージ通りの攻撃はできなかったかもしれません。
それでも狙った形を表現するシーンも何度か見られました。
SBのオーバーラップとスムーズなローテーション
レジーナの保持で目立ったのは、SBの攻め上がりとそれに連動した中盤のローテーションです。前半は右サイドでのローテーションが活発に行われており、そのパターンも多彩でした。
この保持の形のキーワードとして挙げるとすれば「ハーフスペース(以下、HS)を誰が使うか」と言えるでしょう。
例えば、4−5−1の基本形では右のHSを使うのはIHの小川選手です。
SBの近賀選手がサイドを上がって、小川選手がボランチの位置まで降りてきら、SHの渡邉選手が絞ってHSからボールを引き出します。
また、その状態から渡邉選手が裏を狙うなら、空いたHSにはトップ下気味でプレーする柳瀬選手が入ります。
このようにローテーションをしながら流動的に動く中でも、必要な場所に誰かしらがいるという状況が維持できていました。
理想的なポケット取り(中嶋→上野)
前半26分の左サイドで中嶋選手から裏に飛び出した上野選手へのパスは、吉田監督が狙っている形の中でも理想に近いのではないでしょうか。
ポイントは主に2つで、1つ目は「中嶋選手が2人を引き付けてスペースを作り出したこと」、2つ目は「上野選手が絶好のタイミングで相手の背中から飛び出したこと」です。
これまではサイドに展開したら自動的にインナーラップをしてポケットを狙うシーンが多かったと思います。そのため、出し手がスペースを作ることもできなければ、相手に読まれて対応しやすい攻撃になっていました。
このシーンでは、中嶋選手がサイドで仕掛ける素振りを見せながら2人を引きつけることで、DFの後ろ側のスペースをあけています。カップ戦第1節で少し触れていましたが、まさにこのシーンこそが目指すべき形と言えるでしょう。
中嶋選手のパスは2022年の柏選手のプレーを彷彿とさせますね。
さらに、上野選手は相手の前側ではなく背中側から飛び出しているのもポイントです。前側から飛び出しても相手の視野内で動き出しているため、対応されやすいのですが、背中側であればドリブラーに視線が向くDFの虚を突く形で動き出せます。
インナーラップからのポケット攻撃は吉田監督が目指す明確な形でもあるため、クオリティをより高めるためにも、このシーンを基準にしてほしいと思います。
試合で目立った選手をピックアップ
INAC神戸戦で印象に残った選手を何人かピックアップしました。新境地を完成形に近づけている有望株や、盛り返してきたベテラン選手など、この試合も見どころが数多くありましたね。
守備的MFとして完成しつつある笠原選手
アンカーの一番手として定着しつつある笠原選手は、この試合でも安定したパフォーマンスを見せていました。特筆すべきは「こぼれ球への反応の良さ」です。
的確なポジションを取り続けながらセカンドボールを拾い続け、「こぼれ球に笠原選手が反応しているのか、笠原選手の元にボールが舞い込んで来るのか」判別がつかないほどです。
守備においてもカバーリングの意識も高く、中盤のフィルターとして君臨しています。今シーズンのレジーナは笠原選手の年になるかもしれませんね。
課題としてはミドルレンジ以上のパス精度でしょうか。ターンやボール循環もスムーズなので、小川選手のようなピッチを広く使うパスを身につけてほしいです。
レギュラーの座を奪い返した近賀選手
昨年はカップ戦以降から出場機会に恵まれなかった大ベテラン・近賀選手が今年は島袋選手からレギュラーの座を奪っています。
前節のターンオーバーした試合と比較して、近賀選手のプレーを考えてみたのですが、監督が求める戦術的なプレーを理解して忠実に再現できる点が評価されているのだと思います。
保持時のカバーリングの意識やプレス時の縦スライド、保持時のローテーション移動の的確さ、上がるタイミング、ポジショニングなど、島袋選手と比較すると戦術理解度の差が見えてきます。(左サイドからのクロスで大外から飛び込んできたシーンが激アツでしたね)
たまにSHの渡邉選手に嵌めパスを出したり、身体的にプレーキャンセルができないのは玉に瑕ですが、それでも実績十分の大ベテランがレギュラーの座を奪い返したというのは熱い展開ですね。
意地を見せたストライカー髙橋選手
昨シーズンの中盤から悔しい時期が続いていた選手の1人がFWの髙橋選手です。移籍直後はデビュー戦でゴールを決めるなど、期待感を高めたのですが、リーグ戦では思うような結果が出ず、控えに甘んじたり、本職ではないSHをやったりなど、思うようなシーズンを送れませんでした。
個人的に髙橋選手の長所は「DFの習性を逆手に取ったラインブレイク」と「ボックス内での争いを制すフィジカル能力」だと思っています。一方でポストプレーヤーやパスワークなど、足元の技術が求められるプレイは得意としていません。
チーム事情的にもFWに対してポストプレーを求める傾向が強まり、髙橋選手が強みを発揮するシチュエーションが限られてしまいました。
そんな中で試合終盤ロスタイムに劇的な同点ゴールは、得意の相手とのやり合いを制してDFラインの裏に抜け出す動きから、難しいボールをヘディングで合わせてゴールに流し込む形で、髙橋選手のFWとしての意地が感じられる一発でした。
私は髙橋選手のようなボックス内で勝負できるタイプのFWは必要だと思っているので、この得点をきっかけに本来の姿を取り戻してほしいと思います。
雑感-増える引き出しと完成度を高める選手たち-
キックオフ直後の失点は置いといて、試合全体を通しては完全にレジーナが主導権を握っていたと思います。連動したハイプレスは機能していましたし、強固なDFラインは相手にチャンスを作らせませんでした。
保持に関しても、芝に苦労しながらも狙いとする形を何度も表現できており、回数だけでなくクオリティも上がってきています。
吉田監督になって明確な指導の跡が試合で垣間見えるのですが、試合を重ねるごとに引き出しを増やしながら完成度を高めていく姿は見ていて楽しみですね。
後は、前節のターンオーバーで存在感を見せた塩田選手が途中交代で起用されたのも大きいと思います。出場機会に恵まれなかった選手でも、戦術を理解してピッチで表現すればプレイ時間を与えられる、良いモデルケースになったのでは無いでしょうか。
少しずつ積み上げながら、活発なチーム内競争の中でチーム力を高めていく。今年のサンフレッチェ広島レジーナは、そういった好循環の中でシーズンのスタートを切れたと言えるでしょう。
よろしければサポートお願いします!