アビガンについて
昨年3月鳴り物入りで紹介されたアビガン。直後の7月には有効性が確認されなかったとされたアビガンについて、今度は「米国での実用化は事実上困難」という記事が出ました。記事はこちら。
時系列を確認しておきましょう。
2020年3月 治験開始(元はインフルエンザの薬)
2020年7月 効果「確認できず」 「ウイルスの消失や減少、解熱が早まる
傾向はあったが、有意差はなかったと結論づけた。」
2020年10月 厚生労働省に製造販売の承認を申請
2020年12月 有効性の判断が難しいとして承認見送り(日本)
2021年4月 条件を変えての治験開始(国内・米国)
2021年11月 設定した目標に対して統計的な有意性を示せなかった(米国)
という感じです。2020年3月は、安倍首相の時でした。「アビガン」を希望の星のように言っていたのは、つい1年半前のことなんですね。10月に承認申請をしたものの、12月に承認見送りが出た。その後も新しい条件で治験を継続していた訳です。それでも有意性が示されなかった。
2020年7月の記事はこちら。
この事例は、医療系へ適用されている「仮説検定」の考え方をわかりやすく伝えてくれていると思います。同時に、点推定、区間推定も含まれていて、統計学が直接わかりやすく応用されている例として興味深い内容でした。
話を仮説検定に戻します。
この例では、同じような感染者(被験者)に対し、半分はアビガンを、残りの半分には偽薬を投与し、これら2つのグループの被験者間に回復に違いがあったかを確認したいはずですね。これを厳密に比較する方法が仮説検定です。
仮説検定では「帰無仮説」をたてます。この例では、2つのグループにおいて回復に差はない、同程度だ、というものになります。この帰無仮説を仮定した上で、実際に得られたデータが起きる確率を計算します。
この確率が低ければ、めったに起きないことが起きた、だから最初の帰無仮説は正しくないだろう、となります。つまり2つのグループの回復に違いはある、と結論します。帰無仮説は棄却された、有意な差が認められた、となります。
しかし、この確率があまり低くない場合、この帰無仮説が正しいか、正しくないかを判断することはできません。このデータでは、正しいとも正しくないとも判断できないのです。このデータからは、有意な差は認められなかった、という結論になります。
このアビガンの例では、有意な差は認められなかった、つまり効果がある、と言い切ることができなかったとされたのが2020年7月。さらに条件を変えてもダメでした。それが今回の結論です。
実は仮説検定では、元々何らかの差があれば、サンプルサイズ(この例では治験者数)を増やせばいつかは差が出せると考えられます。しかし医学分野では、信頼できる前向きの評価では、評価(治験・研究など)の前にサンプルサイズ(必要最低限の症例数、治験参加人数等)を決め、その決め方に関しても論文で記載するよう求められているそうです。さらに国際的ガイドラインCONSORT声明において、アメリカでは研究開始前に症例数計算を含んだ研究計画を公開することが求められている、とのこと。
アビガンは、この条件に従った治験を異なる条件で何度か行ったが、有意な差が得られなかった。だから諦めるしかない、という結論なのだと思います。
さらに記事にもありますが、別の効果がある薬がすでに使われている中で、効果が不透明な薬の治験を続けることには、無理があるでしょう。
1年半前の安倍首相は何だったのか。すぐに薬が出るから新型コロナなんか風邪のようなものだ。季節性だから夏になれば収まる。マスクを配れば皆安心する。検査をしなければ患者数が増えない。
改めて当時のことを思い出さずにはいられませんでした。
(参考にした図書:新谷歩著「今日から使える医療統計」)