新型コロナウイルスの後遺症の研究に使われた統計データについて

少し前の2021年4月、イギリスで大規模な新型コロナウイルスの後遺症に関する研究が発表されました。統計的にしっかりしているので、後遺症そのものを知ることもさておき、統計を用いた研究方法として紹介します。

まずは日本語記事。

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Banerjee氏らは英国の医療記録を用い、2020年8月31日までにCOVID-19のため入院治療を受け、生存退院した患者4万7,780人(平均年齢65歳、男性55%)の退院後の経過を対照群と比較検討した。対照群には、性別や年齢、基礎疾患などの背景因子を一致させた、同期間に何らかの受療行動が記録されていた同数の一般住民を組み入れた。評価項目は、同年9月30日までの再入院率(対照群については入院率)、死亡率、および、呼吸器疾患、心血管疾患、代謝性疾患、腎疾患、肝疾患の新規発症とした。

この部分から、論文では注意深く標本が選ばれていることがわかります。定義も記載されています。その後、結果の要約があります。

COVID-19群では平均140日の追跡期間中に、約3分の1(1万4,060人)が再入院し、10人に1人以上(5,875人)が死亡していた。1,000人年当たり再入院は766、死亡は320であり、これは対照群に比較し、それぞれ3.5倍、7.7倍の頻度だった。また、呼吸器疾患の新規発症は1,000人年当たり539であり、対照群の27.3倍に上った。同様に、心血管疾患の新規発症は1,000人年当たり66で対照群の3倍、糖尿病の新規発症は29で対照群の1.5倍の頻度だった。そのほかにも、COVID-19群では、肝疾患2.8倍、腎疾患1.9倍のリスク上昇が認められた。

しかし、より詳細は原著論文を見る必要があります。その論文はこちら

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です。概要をテーブル化したのがこちら。(論文table2)

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日本語訳を作ってみました。

ここには統計データとして重要なポイントが整理されています。統計分野では当たり前ですが、
・実験の条件を明確にしている
・十分大きな集団を用いて検討を実施している
・新型コロナウイルスに感染後退院した人と、感染しなかった人の人数と属性をあわせている
・点推定だけでなく、区間推定の結果を掲載している

(統計的に)信頼できる論文は、以上のような特徴を持っています。そして別の人が、同等の実験が(イメージ)できるのが理想です。(標本調査なので結果は異なるにしても)

対照群
例えば誰かが「感染した人は退院しても死亡率が12.3%と非常に高い」と主張したとしましょう。しかし、その集団に高齢者が多く入っていた場合には、元々死亡率が高い可能性があります。そこで重要なのが対照群、感染しなかった人の集団です。年齢、性別、基礎疾患など、感染してしまった人の集団と同じような集団です。違いは感染したかしなかったかだけ。対照群の死亡率が1.7% だということがわかれば、12.3%が大きな数字であることが客観的に言えるわけです。

今回の例のような規模のサンプルサイズを得ることは、医療統計の中では珍しことのようです。(人の健康や命に関わる実験になる場合には、通常は少ない被検者数での実験になってしまうことは想像できると思います。これが医療統計と工学・情報系の統計と大きく異なる点の1つです。)


結果は驚愕すべきものでした。死亡者の違いも大きいですが、例えば新規呼吸器疾患の状況を確認し、分割表を作ってみます。

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分割表(この例では2x2分割表)は、単純に数を記載しただけのものです。しかし見通しが良いため、頻繁に使われます。さらに今回は感染回復者・非感染者の人数が同じなので、わかりやすいと思います。

結果は一目瞭然。通常の場合、この期間(140日)に新規発症者は6085人対240人。感染回復者は通常より6倍も発症リスクが高くなっていた、と理解できます。オッズ比は32にもなります。

無事退院したにも関わらず、死亡率が12.3% (非感染者では1.7%)という点、呼吸器疾患以外にも様々な基礎疾患の発症がある点も気になります。(日本でこのような追跡調査は行われているのでしょうか)


参考:
Hypertension 高血圧
Asthma 喘息
COPD 慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)
Heart failure 心不全
Stroke 脳卒中
Myocardial infarction 心筋梗塞
Arrhythmia 不整脈
Cancer ガン
MACE 心血管死,非致死性心筋梗塞,非致死性脳卒中
Chronic kidney disease stages 3-5 慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)