「○○は有効」と言えなかった時でも、「○○は無効」とも言えない

「○○は有効」が証明されなかった時、私たちは何をどう理解すればよいのか。統計の仮説検定を理解できれば、わかるんです。

統計的には帰無仮説「○○に差はない」が棄却される(確率がとても低い、例えば5%以下だと判断される)時、「○○は差はないとは言えない、だから差がある」と言います。例えば、ワクチンに効果がある、という主張は「ワクチンを接種してもしなくても同じ、差がない」という確率が低いことをデータで示しているのです。ほら、同じである確率(効果がない確率)はめっぽう低いから差があったはずだ、有効だ、と結論します。少しややこしいけれど、帰無仮説が棄却されたということは、同じではないから違うと言って良いだろうということですね。

一方、初めて帰無仮説を学ぶ時に多くの人が苦労するのは、この帰無仮説が棄却されなかった時です。棄却されない時は、帰無仮説が採択された、と言います。この時、得られたデータから考えて、「○○に差はない」である確率は低くなかったという意味です。確率は低くない。例えば30%の確率で「○○に差はない」は正しい可能性があると計算できたとしましょう。この場合、差はあるかも知れない、でも差がない確率もそれなりに高い。この状態を帰無仮説が採択された、と言います。この場合、30%の確率で差はないが、70%の確率で差はあるかも知れない。どちらでもあり得る訳です。しかし私たちは、事実を知らない。わからない状態となってしまいます。

この「帰無仮説が採択された」という意味を正しく理解することが、情報を理解する時とても重要です。そして、今はわからない、ということを受け入れるのは、意外に難しいようです。(統計で仮説検定を学ぶ時に多くの人が苦労するポイントです)


マスクは感染を防げるか。
マスクの効果を謳うには、帰無仮説「マスクをしてもしていなくても感染リスクは同じ」が棄却されなければなりません。

しかしこれは並大抵ではありません。そもそも、マスクを常に正しくしている状態の人はどのくらいいるでしょうか。

   これだけマスクをしていても、感染を抑えれれていない。
   だからマスクに意味がない。

という主張をする人がいます。これは、統計的な文脈で理解すると、「マスクをする、しないで感染リスクに差はない」という帰無仮説が、論文等で棄却されなかったことを指しているようです。つまり採択された状態。しかしだからマスクに意味がないとは結論できないのです。あるかもしれない、ないかもしれない。

反マスクを叫ぶ人たちには、この部分に対する誤解がとても多いと感じています。

個人的には100%ではないものの、感染抑制効果はあると思っています。少なくとも、唾などは防げるし、静電気などでウイルスを吸いつけられる。何もないよりも、体に入って来るウイルス量は減らせると理解しています。
でも棄却できるほどのデータが得られないのは、マスクを適当につけたり、外す人もとても多いために、データの信頼性が下がっているからだと思っています。
似た記事は以前にも書きました。)