「余白」について考える
今回のカフェゼミのテーマは「カフェに学ぶ場づくり」についてであったが、カフェというと、みんなどこをまず思い浮かべるだろうか?
僕の場合は前にバイトをしていた某チェーンの都心の店舗だった。カフェと言うよりかはビジネスマンが多いので早くメニューを提供しなければならない。おおよそゆったりとした雰囲気とはかけ離れたイメージ。店内の装飾で一般的なおしゃれな「カフェ」の雰囲気を醸し出すようにしてあるが、お客が並び右から左に流れていくさまはベルトコンベアーの工場のようだったし、体裁はともあれ、もはやファーストフードといったほうがいいのではないかと思う。
ああいった場所はおそらく「効率重視」のデザインなんじゃないかと思うのだ。おそらくターゲットがサラリーマンだから短時間で食事を済ませることに特化されている。仕事の休憩や出社前にスピーディーに出されたコーヒーと食事を食べ、スマホでニュースを見ながら喫煙室でタバコを一服、こんなイメージだ。実際、こういうお客さんは多いように見受けられた。
そして店側も回転率を上げることで利益を上げるという目的に特化した結果こういった場所になったんじゃないのかと思っている。
これはカフェに限った話ではなく、目的がまずあった上でそれに最適な形で無駄なく場が整えられている。そんな気がするだけかもしれないけど。これは悪いことではないし、むしろスムーズなサービスや体験の提供ができるから良い側面もある。ただ全てにおいて無駄がない生活を提供されたら耐えられないはず。四六時中、自分の頭で考えた目的のみを追い続けるのはストイックがすぎる。
だから目的のない「余白」が必要だと思うのだ。なにやってもいい、人と交流しててもいいし、しなくてもいい。そういう意味で今回紹介されていた。パリのカフェはいい場所だと思った。個人でくつろぎやすいように席が離れているフロアがあったり、逆にカウンターで知らない人と話していてもいい。
さらにもしかしたら、新しいものに出会えるかもしれない。例えば、僕は先月、南池袋公園ののNest marcheに行ってきたのだが、そこでお茶をテーマに地域活性を目指す「井の頭千人茶会」の存在を初めて知って、主催者の高橋さん、溝上さんとお話し、ボランティアとしてイベントに参加した。
普段の仕事の生活、もしかしたら家庭でも合目的になっているため、その目的に合っていない情報や人と出会う機会はゼロではないにしろ少ないよなぁと思う。
一人でくつろぐにしろ、交流ををするにせよ、友人と話すにせよ、コーヒーさえ頼んでしまえばどのように過ごしてもいい空間、目的を持たない「余白」の空間。近所にほしい。
都内でもオープンスペースとして団体向けに自由につかっていい場所はあるが、個人でそのような場所はあるのだろうか。調べてみて行ってみるのも面白いかも知らない。