『亜シンメトリー』発売を前に
初の短編集『亜シンメトリー』が3/17に発売されます。
今回の単行本には4編収録されています。そこで、ここではそれぞれの話を出力するにあたり挑戦したことなど、覚えているかぎり書いてみようと思います。内容そのものにはあまり触れず、あくまでこんなこと考えて書いたなあ、など当時の記憶をふりかえっていく雑記のような感じです。
最初に書いたものはもう4年半前に手をつけたものなので、何しろ記憶がおぼろげですが、頑張って思いだしてみます。よろしければお付き合いください。
それでは収録順にいきます。
「枯葉に始まり」
・出力期間:2018年8月頭~2019年5月末
収録されている4つの短編のうち3つめに書いたもの。
三人称で、かつそれぞれの内心なども並列して記述していく方式に初めて挑みました。こういう方式をなんと呼ぶのかわかりませんが。
(yomyom掲載時に担当さんから「○○方式かと思いましたが××ですか?」と確認されたものの、答えられなかったうえにどんな名称だったかも忘れてしまいました。)
ところで、この話にはジャズが出てきます。それはなぜかというと、この頃から個人的にジャズを聴くことに傾倒していたからです。チック・コリアというピアニスト(つい先日、79歳で亡くなってしまいました)の『スペイン』という曲にクラシックの『アランフェス協奏曲』のフレーズが使用されており、たまたまyoutubeか何かでそれを耳にしたことがきっかけでした。
このことは作中の人物の設定にもそのまま引き継がれています。
出力作業としては、作中の「書きおこし部分」を書くのが楽しかったので満足でした。普段の出力時はどうしても「整えること」を意識せざるをえない日本語を「あえて崩していい」とき、というのはちょっと解放感があります。
「薄月の夜に」
・出力期間:2018年1月頭~6月末
4つのうち2つめに書いたもの。
表題作の「亜シンメトリー」を新潮社さんに預けることが決まって、1冊の本にするにはあといくつか書きましょう、と言われて最初に書いたもの。
yomyom掲載のわりと寸前まで「クラスメイト」というタイトルでした。これはとある国民的バンドの同名曲がこの話の着想のもとになっているためで、知っている人が読めば「まんまだな」とわかるフレーズがところどころ見つかると思います。F&M会員番号は3xx0xx。
出力作業については、人称に関わる部分で一つ挑戦したことがあり、そこが印象に残っています。具体的な言及はここでは控えておきますが、この話の佇まいに地味に寄与しているのではないかな、と思います。そうでもないかな。どうでしょう。
また、あえて距離を置いて書く、ということを初めて実践してみた話でもあります。普段はどちらかというと、各要素を一度自分の中に取りこんで生理的な感触を確かめながら放出しているところがあるのですが、このときは自分の中に極力入れずに、言うなれば目の前に鍋が置いてあって手触りを頼りにその中だけで仕上げまで終わらせてみた感じです。
何を言っているかよくわからないですね。普段がカメハメ波ならこのときは元気玉という感じ、と言うと少しわかりやすい…こともないか。
「三和音」
・出力期間:2019年9月~2020年4月
「枯葉に始まり」のその後のお話。現時点で最新の出力物です。
「枯葉~」で明かせなかった部分を補填しつつ、その後のそれぞれの選択についてが主軸になっています。当初の仮タイトルは「枯葉に終わる」でした。
これは「ジャズは枯葉に始まり枯葉に終わる」という格言のようなものがあるそうで、『枯葉』という曲がそれだけ奥深いということですが、この話のタイトルを「~始まり」に呼応して「~終わる」にしてしまうと、あまりにきっちり閉じすぎてしまうな、と感じたためよりふさわしいと思われる「三和音」に変更しました。
当初、このタイミングで「枯葉に始まり」の続きの話を書く予定はなく、10年以内にでも書ければいいかな、ぐらいに思っていましたが「いや、本にするとき「枯葉~」のケツきちんと拭けてないとあかんやろ(超意訳)」とのお達しがあり、まあそうか、と予定変更してこのタイミングになりました。
結果的にはこのタイミングに書けてよかった、と思えるものになったので満足しています。
「亜シンメトリー」
・出力期間:2016年7月~2017年11月
とにかく初めてづくし。4つの中の1つめに書いたもの。表題作。
生涯初短編。
初三人称。
初婚姻している視点人物。
初方言を話す主要人物。
初実在する地域であることを明示。
などなど。
他にもいくつかあった気がしますが、話の根幹に関わるため伏せる必要があったり、いくつかは普通に忘れてしまいました。
全くの余談ですが去年末、ゲラ校正作業時に初めてスタンディングデスクを導入したのもこの短編でした。
着想当時の記憶をたどるため、遡ってみると2016年7月にこんなツイートをしていました。
この「A」というのが、のちの「亜シンメトリー」になります。
この時点では、果たして完成させられるのか本当に見通せず、このあとも1ヶ月以上暗中模索状態でした。
(ちなみに「B」にはまだ手をつけていません。予定もありません)
ツイートのとおり、恥ずかしながらそれまで短編と呼べるものを書いたことがなく、今後のためにも「果たしてその適性が自分にはあるのか?」というのを確かめておく必要があるな、と以前から感じていて、手が空いたこの時期にやってみよう、と思い立ったのでした。
そして、実際に出力作業を終えたのが2017年の11月8日。
概算で原稿用紙100枚強のボリュームですが、手をつけてからまさかの1年と数ヶ月が経過しています。別のゲラ作業を一つ挟んでいますが、途中で他の話を書いていたわけでもなく、終わったらそれだけの時間が経過していました。
ここまで時間がかかった要因は、「せっかく短編なんだし、いっちょ長編ではできなかったような〈縛り〉を入れられるだけ入れてみようじゃん」などと気軽に考えたことでした。
思わず国民的バンドから引用してしまっています。
この〈縛り〉というのは、最初に挙げたような「初めて」を思いつくだけ盛りこむことに始まり、それ以外にも、読んでいただくとわかってもらえる構造的なものから、おそらく大半の方が気づかないだろうな、というものまであります。いずれにしろ、それらが要因となって出力がとんでもなく大変だったため、終わったあと「こんな大変なのは金輪際、最低でもこの先10年はごめんだ」と思ったのをよく覚えています。
しかし大変だったぶん、一方で読んだ方からの反応が一番楽しみでもあります。4つのうち唯一の完全未発表作でもあり、おそらく、良くも悪くも幅広い反応があるんじゃないかな、と想像しています。その幅も含めて楽しみにしています。
他の3編を書く機会を与えてもらえたのも、最初にこの1編があってこそなので、今回の単行本の中で核になっている話であることは間違いありません。
帯のコピーやネット上の内容紹介などに見られる過激な煽り文句(この辺りは出版社にお任せしています)も、この1編がほぼすべて背負っていると言っても過言ではないと思います。
正直こういうものは二度と書けないのではないか、と現状では思いますので、ぜひ読んでみてほしいな、と切にお願い申しあげたい気持ちです。
(※留意事項)
ところで、この表題作「亜シンメトリー」は、1行を43字以上で組むことで制作意図どおりの表示になります。
(印刷物としての)単行本はそのように組んでいるのでもちろん問題ないのですが、電子書籍の場合はリフロー形式のため、お使いの端末の画面サイズや設定によって表示のされ方が変わってきます。
もちろん、42字以下では読めないというわけではありませんが、43字以上のほうが読みやすさ、意図の伝わりやすさ等の効能が見込まれるため、電子書籍にはその旨、案内を入れてもらえるようにお願いしています。
なぜそんな必要があるのか、というのは読んでいただけると恐らくわかると思います。
参考までに、手持ちのiPad mini(7.9インチ・古い)を横画面にしてリフローの電子書籍を43字強で表示させてみたところ、「文字はけっこう小さめだけど、ギリ許容範囲…かな?」くらいの大きさでした。
縦画面にすると、単行本の印字長(本文が印刷されている部分の縦の長さ)とほぼ同じサイズ感で表示されました。
あくまで一例ですが、紙と電子どちらを選ぶかの一助になれば。
終わりに
以上の4編が今回の本には収録されています。
ここまで足かけ4年半ほどのあいだ、コツコツとこしらえてきた成果物をようやくお披露目できると思うと感慨もひとしおです。
が、そうした感慨だの年月だのは脇に置いて、純粋に読み物として楽しんでいただければ、と願っています。長々とここまで書き連ねてきましたが、つまるところ全てはその一点に収束します。
それを言っちゃお終いでしょ、という感じですが、言ってしまうと終わってしまうので最後に言いました。
そいういうわけで、単行本『亜シンメトリー』は3月17日(水)発売です。電子も同発、価格はいずれも税込み1815円です。
純粋に読み物として楽しんでいただければ、と願っています。
よろしくお願いします。