飛べない私はただの私
掴まれた腕がひどく痛む。相当強く掴まれたからか、手の痕が残っていた。
私を助けた男。スーツ姿の男。20代くらいの、いかにもな好青年。
「君、そこで何してたの?」
「見りゃわかるでしょ、飛び降りようとしてたの!」
「危ないよ、そんなことしたら怪我しちゃう」
「怪我で済むわけないでしょ!」
「なんだ、わかってたのか」
「わかってるから飛ぼうとしてるの。なのに、なんで邪魔すんの…」
最後のほうは声になっていなかった。
旅立ちの初めの一歩から、遠く引き離されてしまった。
あーあ、せっかくの大舞台を。あっけなく邪魔されてしまった。
「邪魔って言うか、助けたって言ってほしいんだけどなあ」
「邪魔なの!あんたが手を掴まなければ、そしたら…」
「あの世に行けた?」
こうも全てを見透かされた上で止められたって考えると、なんか無性に腹が立ってくる。
何が何でも飛びたくなってきた。
「でもさ、ほんと。間に合ってよかったよ。これでひと安心だね」
「ひと安心って」
「うん、安心したよ」
「…まず、あんた誰だよ」
「名乗るほどのものではありません」
うっざ。
「とにかく、あんたの自己満足には付き合ってられないから。早くどっか行って」
「どっかって言われてもなあ。でも、僕がここを離れたら君はまた飛ぼうとするでしょ?」
「当たり前じゃん」
「いや、ここから飛ぶことを当たり前って。そんなこと言うのは、きみが史上初だよ」
なんだ史上って。飛び降りにも、こんな廃ビルにも歴史があってたまるか。
さっさとこいつを引き離さないと。
決意が。
揺らぐ前に。
「そんな簡単に揺らぐくらいならさ、もうやめちゃえばいいんじゃない?」
男は言った。見透かしたように、何かを諦めたように。
やめると言われても、そんな簡単にいくものか。もしここで踏みとどまったとして、私にその先はおよそない。踏みとどまったら最期、その先に歩みはない。もうこの足は動かないのだ。
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