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短編小説 (前編) by新人作家 坂崎和史



これはある男Tの話です。
Tのあだ名は、『偽善者』でした。
Tは、父のように人を助けることに憧れていました。
昔から、ボランティアには積極的に参加してヒーローになることを望んでいました。
ある日、Tは思いました。
クラスで一人ぼっちをなくそうと。
人見知りの子やいつも一人でいる子に声をかけ、一緒にご飯を食べたり遊んだりして、クラスには一人ぼっちがいなくなりました。
Tはとても嬉しくなりました。
しかし、ある時彼の信念が揺らぐような事態が起きたのです。


Tが一人の男の子、R君とご飯に行った時のことです。
Rは元々、一人で行動するのが好きだったのですが、Tに話しかけられて以来仲良くなり、
一緒に行動することが増えていきました。
毎日のようにTはRから相談を受けていました。
修学旅行の班決めのことみたいな些細なことや
どうしたら世界は平和になるのか?みたいな、
およそ規模の大きすぎる話まで二人で話をしていました。
そしてその日もまた、Tはいつものように相談を受けていました。
RはTに小説を書いているから見て欲しいと言いました。
Tはいつものように快諾し小説を読むことにしました。
ただし、彼はこの小説を読むべきではありませんでした。


その小説の題名は、『教室の君主論』というものでした。
一人の青年(和也)が、クラス内で王国を作るという話でした。
初め和也はクラスでいじめられている子に話しかけ、仲良くなるといういかにも好青年でした。
当然周りからは、いじめなど決してしない良い奴だという評価を得ました。
和也は次々と一人でいる子に話しかけ、勢力広げていき、クラスの三分の一に『リーダー』と呼ばれるようになりました。
しかし、善人であることを目指していた和也でしたが彼の目的は徐々に過激なものになり、手段も過激になっていきました。
和也は、クラスで王様になることに執心し始めたのです。
仲間にいじめを命じ、いじめられている子を助け、信頼を得る。
クラスの人気者を脅迫し、全ての生徒を自分の手下につけて、和也は『王国』を作り上げました。


TはRに尋ねました。
「どうして和也は、『王国』を作ろうとしたの?」
すると、Rは言いました。
「和也は、自分がどんな存在か自覚したからだよ。
和也は昔から、ボランティアには積極的に参加してヒーローになることを望んでいた。
クラスで一人ぼっちをなくそうと思い、人見知りの子や、いつも一人でいる子に声をかけ、一緒にご飯を食べたり遊んだりしたんだ 。
クラスには一人ぼっちがいなくなった。
でもね、ある時一人の生徒に言われたんだよ。
『君は、みんなを助けるフリをして、実際は世間体を気にし、自分の生きやすい場所を作ろうとしている。
まさに「偽善者」だね』と」


「それから和也は学校を休んだ。
自分がしていたことが、まさか偽善だとは思ってもいなかった。
和也は、他人に「偽善者」と言われたよりも、
自分に自覚がなかったことにとてもショックを受けた。
自分の心さえ信じられなくなった和也は、
言葉で、行動で、自分にとって都合のいい世界を作ることだけにこだわるようになった。
そうして、『教室の君主論』は幕を開けたんだ」
Rは話を終えると、ニヤッと笑みを浮かべ言った。
「もうわかるだろ偽善者、いやT君。
君がこの物語の主人公さ」
              前篇 完






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