【仕事の経歴】競馬雑誌編集時代vol.2
競馬雑誌の仕事と思いきや、、、
土日は中央競馬が開催。なにをするのか分からぬまま出社したら、「都丸●●に行って」と促される。
別室では、多くの電話がひしめきあい、コール音が鳴り響く。電話をとっては「○○社です。9レースの買い目をお伝えします」と会話が続いた。
そう、僕が入った会社は「競馬予想会社」だった。あまりに狭い世界の話なので知らない方も多いだろう。
予想会社の会報誌作成と新聞広告デザイン
翌週から本格的な仕事がスタートした。iMacの前に座り、指示を受けたデザインを進める。キーボード操作もままならない状態。先輩に聞きながら色鮮やかなマシンを操作する。photoshopを触ったのもこの時期だったなぁ。
実際の制作はPagemakerというソフトを使い、記事のデザインを担当。素人同然だったけど、PC操作そのものから、色の概念、フォントの使い方、DTPの基礎(ジャンプ率、ページ組み)、など吸収していった。
家に帰って、北斗の拳のタイピングの練習をしたことを思い出す。あたたたた、と打っていたなぁとw
取り返しのつかないミス
1年が経過。仕事にも慣れ、業界の事情も深く理解し、先輩とも飲み歩く。よくいう「好きなことを仕事にする」充実した時間だった。
慣れが災いをもたらしたのか、自分が担当した広告記事で大きなミスがあった。広告内にある会社の電話番号を間違えて掲載。そのまま印刷されてしまった。いまだに不思議で、なぜあんな大手企業の電話番号を誤って掲載したのか。。。その企業からのクレームで発覚した。
上層部が乗り込んできた。「だれだぁ、これ作ったの」と室内に怒号が鳴り響く。僕は立ち上がりお詫びを入れた。もう逃げようがない、謝るしかないと。
未来のリーダー像を思い描いた瞬間
信じられない光景を目にする。直属の上司がその場で「都丸にはしっかり確認するように言ってるんですけどね。都丸しっかりしろっ」と一切擁護してくれなかった。もちろん、作ったのは僕だし、責任は自分と思っている。
こういうときに、上司は庇ってくれると思っていただけに、ショックは果てしなく大きかった。「自分が上司になったら、絶対にこんなみっともないことはしない」と心に決めた瞬間でもあった。