VTuberが結婚報告することを勧めないわけ

　かつては俳優やタレント、現在ではアイドルや声優、VTuberなどのあらゆる著名人が結婚報告をすると一定数の過激派（※ここではガチ恋勢と定義する）が猛烈な非難を当事者・関係者に浴びせる事例が多発しています。なぜそうなるのか、そして現在は何故前者への表立った非難が減少してきたのかを考えてみました。

　のっけから批判されそうなタイトルですが、重ねて述べると現代の世論を鑑みると、VTuberは特に結婚・交際報告をすべきではないと考えます。その理由を述べていきますので、このクソ野郎と思った方もとりあえず深呼吸してから続きを読んでください。

かつて俳優・タレントが通った道

　古今東西、著名人の恋愛スキャンダルは世間において大きなうねりを生んできました。スキャンダラスな報道題材を求める週刊誌を始めとするマスメディアは著名人に張り付き、その私生活を追跡しながら発見した特ダネを世間に届けてきたのです。特に一世を風靡したような著名人であればこそそのスキャンダルを何としても射止めようとする執念は高かったものと考えられます。世間ではそうした行為を、特に有名な週刊誌をもじって”フライデーする”という表現をしています。この言葉はネット社会になった現在でも定着しています。

　現在のネットニュースで、俳優やタレントの恋愛・結婚報道が出ると「お幸せに」という好感を示すコメントが増えると共に、私生活を晒し上げるメディアへの非難が表に出てくるようになりました。つまり俳優やタレントの恋愛について、一般的に好意的なものと受け止められているということです。
　私はこれを「著名人の人間化」と定義します。俳優やタレントは、俳優やタレントである前に一人の人間であることが一般的に理解され、人間であれば恋愛をするのも普通だよね、という感覚が支配的になってきたのだと思います。

アイドルやアイドル声優は人間化していない

　察しの良い方はもうお分かりかと思います。この「著名人の人間化」が果たされていないのがアイドルやアイドル声優なのです。
　いやいやアイドルだって人間でしょ、と思った方はたくさんいるでしょう。もちろん生物学的には当然人間ですし、その性質は先述した俳優やタレントと変わらないのです。
　では何が違うのか。先ほど示した「著名人の人間化」の定義を再掲してみましょう。

著名人の人間化＝著名人を一人の人間であると認めること

　なんと、アイドルやアイドル声優は人間であると認められていないのです。それは何故なのか。私は、アイドルの成立過程に原因があると考えています。

アイドル＝共同制作物

　諸外国がどうなのかはわかりませんが、日本におけるアイドルとは「アイドル自身とファンによって作られる制作物」です。アイドルを演じる一人の人間とファンの応援（課金と呼んだり、頻繁にライブに通ったりすることを含みます）によって作られたものが”アイドル”なのです。

　「みんなのおかげでアイドルができる」という言葉を使って、ファンに御礼を述べるアイドルはたくさんいます。これは礼を言う側のアイドルからすると素直な気持ちなのでしょうが、言われた側のファンからすると無意識のうちに「このアイドルは自分が作った・育てた」という思考が生まれます。
　特に有名になる前のアイドルをずっと応援してきたという、いわゆる古参勢と呼ばれる人たちは、さながらアイドルの親のような気持ちを抱くこともあると思います。
　また、アイドルを売り出す側も、「ファンの皆さんの力でアイドルを育てて欲しい」という題目で売り出します。「完成されたアイドル」を売るわけではなく、まだ未成熟な状態から完成に至るまでの過程をファンに見せ続けるという売り出しスタイルもまた、この気持ちを煽る要因となっています。

長々と書きましたが、要するにファンにとっては「アイドル≠アイドルの中の人」という認識なのです。ガチ恋勢は現実と非現実の区別がついていないといわれることがありますが、それは全くの見当違いです。むしろガチ恋勢ほど「アイドルとアイドルの中の人は違う」と無意識的に理解していると思います。そしてこの考え方こそが、致命的なエラーを起こすのです。

アイドルの中の人の事情をアイドルに持ち込むな

　先述したアイドル≠アイドルの中の人という考え方。これを持っている前提で、恋愛・結婚報告の場面を想像してみてください。
　恋愛・結婚というのは、いわば「アイドルの中の人の事情」です。演じていない素の自分が好意を抱いた相手と交際し添い遂げるというのが恋愛・結婚でありますから、中の人の心理としては当然起きうることです。
　しかし、これはアイドル自体には関係ありません。何故なら、アイドル≠アイドルの中の人だからです。アイドルが結婚するわけではなくて、アイドルの中の人が結婚するだけです。それなのに、それをアイドル活動の場で、アイドル名義で発表する。

　これは、アイドルを共に作り上げてきたファンからすると激高することは間違いありません。何故なら、共同制作者であるアイドルの中の人が、自分の結婚事情をアイドルに被せているからです。
　言い換えると、アイドルの私的流用をアイドルの中の人が行っているという考え方になります。これは重大です。共にアイドルを育ててきた相手が私的流用、すなわちアイドルの横領を行っているわけですから、共同制作者としては許すわけにはいきません。

外身（ガワ）と中身が完全に分裂しているVTuberは致命的

　さて、ここまで聴いてきてそんなバカな話があるか、と思った方はたくさんいるでしょう。そしてその捉え方は極めて正確です。そんなバカな、という冷静な人が増えたことによって、アイドル＝アイドルの中の人という外から見れば当然のことが評価されるようになりました。
　これによって、アイドルやアイドル的な売り方をするいわゆるアイドル声優も、「著名人の人間化」が実現しつつあり、彼彼女たちの恋愛事情についても好意的に捉える論が強まってきました。

　ところが、VTuberは致命的です。何故なら、ガワと中身が完全に分離しているからです。
　改めて説明する必要はないかもしれませんが、VTuberとは仮想空間に3Dもしくは2Dのキャラクターを生み出し、実在の人間が声を当てたりしながらYoutubeなどの動画・ライブプラットフォームで活動を行う人たちの事です。

　現実に存在するアイドル達ですら、その肉体が物理的に存在するにもかかわらず中の人と同一視できなかったのです。物理的に肉体が存在しないVTuberをVTuberの中の人と同一視するためのフックが存在しません。
　故に、VTuberの中の人がVTuber活動中で恋愛・結婚報告をするとどうなるか……ここまで読んでいただいた方なら容易に想像がつくでしょう。
　「VTuberをVTuberの中の人が私的流用している！」

　ここまで延々と述べてきましたが、報告をするかどうかは本人の自由です。ただ、それによって実害が生まれることがあるということと、なぜ実害が生まれる可能性があるのか、ということについて少しでも示唆ができたならと思います。もちろんこれが全てとは言いません。