公園の女の子 (霊能者・羽村瑞希の談話 #1)
幽霊は夜の闇にふわぁっと浮かび上がって出てくるもの。
そう思っていませんか?
実際には違います。真夏の日差しがジリジリと照りつける真っ昼間の街にも普通に現れるんです。
あ、申し遅れました。私の名前は羽村瑞希。霊能者なんて如何わしい仕事をやってます。
仕事柄、先ほどお話ししたような霊に纏わる四方山話をたくさん知っています。
私自身の体験もありますし、そうでない話も。
今日は、そんな話の中からひとつ、哀しい女の子のお話しをしましょう。
その小さな女の子は街の片隅、裏通りの階段に座っていました。
誰かを待つようにじっと遠くを眺めながら。
女の子に気づいた私はそっと隣に座り、話しかけました。
「誰を待っているの?」
女の子は少し驚いたように私の顔を覗きこみました。
幽霊となった彼女に気づいてあげられる人が今まで誰もいなかったのでしょう。
その子は、五才の女の子らしい愛くるしい笑顔で笑いました。
「あのね、おかあさんをまっているの」
「ふぅん、ここで待ち合わせ?」
「うん、ここでいいこにして、まっていなさいねって。おかあさん、はやくかえってこないかなぁ」
幽霊とは、この世に強い未練を残したり、誰かを怨んだりした人の残留思念です。私は女の子のあまりの無邪気さに疑問を持ち、霊視をしてみることにしました。
母親は資産家の令嬢で、ある実業家と結婚しましたが、夫が事故で亡くなってから不幸な人生に転落しました。実家の豊かな資産はそれに群がるハイエナのような銀行や投資家に食い潰されてしまい、全てを失った両親は膨大な金額の負債に悲観して自殺してしまいました。
夫と両親をほぼ同時期に失った母親は亡き夫の遺産でその負債を埋めましたが、それでもかなりの額が負債として残りました。
母親は街で必死に働きました。
娘を保育園に通わせることもままならないギリギリの生活。母親はやむ無く娘を家に残して働きました。
朝早く出かけて夜遅くに帰る生活。二人で食べる朝ご飯と晩ご飯。近くにある銭湯でお風呂に入り、ひとつの布団で眠るまでが、母親と娘とが一緒に過ごせる時間の全てでした。しかし五才の女の子にはあまりにも寂し過ぎる生活です。女の子は母親に懇願し、晴れた日は母親の職場近くの公園で待つことにしました。職場への行きと帰り、僅かでも長く大好きな母親と一緒にいられるように。
ある日、仕事を終えた母親がいつも通りに早足で公園に駆けつけました。しかし、女の子がいません。
母親は必死に捜しましたが、女の子は見つかりません。
何故ならそのとき、女の子は病院に運ばれていたからです。
ヒラヒラと舞い飛ぶ蝶を追いかけて公園から飛び出した女の子。
出会い頭の事故でした。
女の子を轢いてしまったトラックの運転手はすぐに救急車を呼びましたが、女の子は既に呼吸をしていませんでした。
女の子は自分が死んでしまったことに気づかないまま、ずっと公園にいました。
いつものベンチに座ってお母さんが迎えに来るのを待っているのです。
捕まえた蝶をお母さんに見せてあげたくて。
「ほら、きれいなちょうちょをつかまえたよ」
ただ一言、それを伝えたくて。
一方の母親は、病院で娘の亡骸の前で泣き崩れていました。
「ゴメンね、ゴメンね」
繰り返し繰り返し、それだけを呟きながら。
彼女にとって、娘は生きる希望でした。娘の笑顔が辛い毎日を乗り越えるための唯一の支えでした。
全ての希望を失った彼女は、自ら命を断ってしまいました。
女の子はずっと待っていました。公園が無くなり、お店やマンションが建ってからもずっと、公園のベンチがあった場所で。
私は女の子の手を引きました。
「行こう?」
「だめだよ、おかあさんがむかえにくるもの」
私は優しく微笑みました。
「大丈夫よ。お母さんが待っているところに行くの」
「ほんとう?おねえさんはおかあさんのおともだちなの?」
「そうよ」
私がそう言うと、女の子は嬉しそうに私の手を握りました。
小さな小さな手。
亡くなってもう数十年が過ぎているのに、その手にはぬくもりがありました。
「あなたは優しい子ね。あなたのお母さんを助けてあげてね」
私は女の子の手を引きながら、霊視で見た近くの病院に向かいました。
幼い子どもが入院すると悲しそうな女の霊が現れるという病院へ。