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就職先に元カノがいた件
「今日から、このチームでお世話になります。橋本○○です。よろしくお願いしま…」
新卒で就職した会社が競合他社に吸収されて、新しい職場へと異動することになったのだが…
聞いてない。
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元カノがいるなんて、聞いてない。
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美波とは大学3年生のときにバイト先で出会った。
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『今日、バイト終わったら一緒に帰ろ』
バイト先に大学生は俺と美波の2人しかいなかったから、必然的に仲良くなって恋仲になった。
大学は違えど、お互いに勉強を教え合ったり卒論の手助けをしたり、サッカーサークルの試合に応援に駆けつけてくれたり…
とにかく、楽しい日々だった。
だけど、
お互いが社会人になってからはそうとも行かなくなった。
『ねぇ○○、今度の休みどこか行かない?』
「ごめん、今度のプロジェクトが大詰めだから会社に行こうと思ってる」
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「なぁ、美波、今日のディナー予約取ってあるけど…行けそうに…なさそうだ…な…」
『ごめん。ちょっと厳しいかも』
段々と仕事が忙しくなって溝が深まっていき
就職して1年目の夏、俺たちは別れた。
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それ以来の再会だった。
ふとした瞬間、美波と目があった。だけどお互いに目を逸らしあって気づいていないふりをする。
そうやって何とか1日を乗り切った…と思っていたが
これがこれからずっと続くと思うと、このまま赤の他人のふりをしているわけにもいかないと、ふと気がつく。
そこで俺は退社後、ビル前を歩く1人の後ろ姿を追いかけた。
「おい」
彼女は俺に振り向いて、立ち止まる。
「美波…じゃなくて、梅澤さん…?」
『……』
彼女はあからさまに怪訝そうな顔をして、また前に歩き出す。
「おい、無視すんなよ」
『何の用』
久しぶりの再会の第一声は、冷たくて、ぶっきらぼうなものだった。
「何の用って冷たいな。同じ会社で働くことになったってのに」
『…私、もう○…じゃなくて橋本と何の関係もないんですけど。だから、こうやって仕事場以外で話しかけられるのは迷惑』
「そこまで言わなくても…」
いくら元カノとはいえ、ここまで言われるのはグサグサとくる。
別れた原因が俺だけならまだしも、美波にだってあったくせに。俺だけ一方的に突き放されるのは納得がいかない。
「でもこれから一緒に働かなきゃいかないわけだしいつまでもツンツンしてる場合じゃないだろ」
『なんで今突然やってきた橋本にそんなこと言われなきゃいけないわけ』
「いやでもそれは本当のことだろ?」
『仕事は仕事。公私混同せずにできますから』
「あぁ、そう…か」
『じゃ、私はこれで』
彼女はハイヒールの音を響かせて、東京の街へと消えていく。
俺はその後ろ姿を眺めながらどこか寂しげな思いを綴るだけだった。
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働き始めて1ヶ月。
「梅澤さんさ、他部署の中川さんからアプローチされてるって知ってる?」
「橘上司、この間梅澤とご飯に行ったって」
「俺さ、梅澤さんめっちゃ可愛いと思ってるんだよね」
美波が、ありえないくらいモテるということを知った。
1週間に一度は社内からハートマークが背景に見える“梅澤”というワードを聞く気がする。
なんっか…モヤモヤするな。
まぁ、俺は別れた元彼の分際で人の恋愛事情に口出しすることはできないけど。
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かという俺は
あの日以来、突き放されてからというもの、彼女を遠くから眺めることしかできなかった。
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そんなある日のこと。
「えっ、俺が梅澤とプロジェクトっすか」
「うん、君は前の会社でも実績があるし、梅澤と相性ぴったりだと思うんだ」
「…は、はい分かりました」
俺は突然、梅澤と同じプロジェクトを担当することになった。
図らずとも、同じ時間を過ごすことが多くなっていく。
『ねぇ』
プロジェクト担当を任命されて会議室から部長が出ていった。取り残される、俺と梅澤。
「なんだよ」
『私に私情で話しかけないでね』
「…分かってるよ…」
未練がないといったら嘘になる。
別に、嫌いになって別れたわけではないからだ。ただの、すれ違い。
でも、美波には今のコミュニティがあるし、俺は邪魔者なんだ。
俺が干渉する隙なんてない。
そう自分に言い聞かせて仕事に集中するしかなかった。
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「ここの修正お願い」
『今度また打ち合わせして、コンセプト統一していこ』
「ここ、俺がやっとくから梅澤さんはクライアントの担当者に案の確認をお願いします」
『橋本、ここの背景どうにかもっとインパクトある感じにできる?』
「お安いご用」
俺たちのプロジェクトは近年稀に見るスムーズ具合。そして、難なく成功を収めた。
さらには
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『橋本さんって、すごい頼もしいんですね』
慕ってくれる後輩もできた。
お互い、干渉しないって。過去を顧みないって心に誓っているからこそ成し遂げられた成功。
だからこそ、俺の今の気持ちを彼女にぶつけたら、そのリズムが崩れて余計に迷惑になるんだ。
そう苦い思いを噛み締めながら、プロジェクトを締め括って夜20時、パソコンを閉じる。
オフィスに残っているのは俺と梅澤だけだった。
『お疲れ』
「あぁうん、お疲れ」
彼女は俺のデスクにやってきて一本の缶ビールを手渡してきた。
彼女からの仕事以外でアクションを起こしてくれる初めての瞬間だった。
『橋本が、こんなに仕事できる奴だとは思ってなかった』
彼女は俺の隣のデスクに腰掛ける。脚の長さが際立つ。
「なんだよ笑梅澤らしくないな。俺こそ、梅澤の頼もしさにびっくりしたよ」
2人して、微笑み合う。やっと素のままで話せている気がする。
『じゃあさ』
『もし、私たちが付き合ってた時お互いがこんなに職場で頑張ってて、成績残してるって分かってたら』
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『私たち、別れてなかったのかな』
唐突に掘り返される、俺たちの過去。
美波からこの話をされることに嬉しくもあり、どこか不思議にも思った。
「どうだろうな。ん、乾杯」
お互いの缶をぶつけ合う。アルミがぶつかり合う鈍い乾杯音だった。
「まぁでも、別れてたんじゃないかな。あの時は別れる理由を無理矢理仕事に結びつけただけで他にも沢山要因はあったと思う」
『そうだよね…若かったね、あの時』
「しょっちゅう喧嘩してたよな、帰ってくるのが遅いと2人で揉めあって笑」
『別れる時も、どっちが家を出てくかで大揉め』
「なのに結局2人して他の物件に引っ越して…別れてるくせに引越しの手伝いにはお互い呼びだして…ぐちぐち言いながらトラックに詰め込んでって…何だったんだろうなあれ笑」
2人して、別れた頃の思い出を振り返った。
『あのさ』
突然梅澤の瞳が変わった。改まるようにして背筋が伸びる。
『…私、結婚するかもなんだよね。結構前に担当した会社のクライアントの人と、ずっと付き合ってて』
はぁ、やっぱりそうだよな。
俺と別れてからも彼女は彼女で新しい道を進んでいたんだ。
いつまでも美波に未練たらたらで一歩を踏み出していないのは俺だけなんだ。
「そっか…それは、おめでとう」
バレませんように。俺の瞳が笑ってないこと。何とかして涙が垂れないように頑張る。
『でも』
『私、橋本に確認しておきたいことがあって』
「ん?」
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『私のこと、まだ好き?』
突然だった。
そんな質問の答え、用意してない。
でも、この答え方によって未来が変わる気がした。
俺は美波のことが好きだ。ずっと。それに気づかないふりをしながらも美波のことを忘れられない自分がいた。
俺は、もう、美波を取られたくない。
もうどうなってもいい。フラれてしまえば、それはそれで仕事をして忘れればいい。フラれたら、ようやく美波を吹っ切れる。
「好きって言ったらどうなるんだよ」
『いいから。どうなの』
………
「もう…昔の話だよ。ずっと美波のこと、好きでいれるわけじゃないだろ?笑」
情けなく、強がって、そう返事した。
いい大人が別れた元カノのことをいまだに思い続けてるなんて、今カレがいる美波に言えるわけない。
俺には、覚悟はなかった。美波を奪い返そうとする覚悟が。
『よかった』
『そう言ってくれて』
「え?」
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『これで私、○○のこと諦められる』
彼女からの思いもよらぬ発言に
思わず、お酒を飲む手が止まる。
「…どういうことだよ」
『ううん、なんでも』
彼女は缶に残っていたビールを一気に飲み干す。そして、ジャケットを羽織ってカバンを持ってコツコツとハイヒールの音を響かせながら歩いていく。
『じゃ、また明日』
彼女はそのまま、オフィスから出て行った。
退勤のIDカードがピピっと響く。
1人、取り残された俺だけを照らすライトだけが、無情にも温かく感じた。
「…情けな…俺」
美波を掴む最後のチャンスを失った俺。
でも、立ち去っていく彼女の後ろ姿を見ると
呼び寄せて、やっぱり好きだ、なんて伝える勇気は出なかった。
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『このたび、結婚することになりました』
あれから、1ヶ月。朝礼で、部長からの紹介から美波は結婚を発表した。
相手は確かに、クライアントの担当者だった。
左薬指に見える、キラリと光る指輪。
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『おめでたいですね』
隣のデスクの遠藤さんは拍手をしながらひっそりと俺にそう伝えてきた。
「あぁ、うん。おめでたいね」
『本当に、○○さんはこれでよかったんですか』
「え、どゆこと?」
『…ん、いや…なんでもないです』
「え、なに。本当になに笑」
『だから何でもないですって笑』
「…はぁ…?笑」
“おいそこ、梅澤のめでたい発表の時になに盛り上がってんだ”
部長が俺たちを指摘する。視線が集まり、思わず赤面する。
『怒られちゃいましたね笑』
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隣で微笑むその笑顔。
俺も、一歩、進まなければならない。そんな気がした。
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*
『えっ、橋本さんって梅さんの元カレなんですか』
『…うん』
昼休み、オフィスの一角で梅さんからコーヒーを飲みながらそんな相談をされた。
思わずお菓子を吹き出しそうになる。
『なのに、プロジェクトを2人で担当してるんですか』
『…そうなの…もうどうしたらいいか分かんない』
珍しく頭をくっしゃくしゃに丸めてる。
『相当…橋本さんに思い入れがあるんですね…。で、でも、梅さん彼氏いるじゃないですか。だから悩むことないですよ』
『…ん…そうだけど…』
『まさか…橋本さんに未練がある…とか…?』
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こりゃダメだ。久しぶりに元彼と再開して、頼りなかった男が出来る男に成長してるのを肌で感じてすっかり虜になってる。
『…誰を好きになるかは自由ですけど、彼氏さんのこと裏切ることだけはやめてあげてくださいね。橋本さんなら橋本さん、彼氏さんなら彼氏さん』
『…分かってるよそれくらい。』
『それ分かってない顔ですよ』
『もうじゃあどうしたらいいの…さくぅ…』
梅さんって仕事はできるのに恋愛に関しては相当不器用なんだ。
なんか、可愛い。
『じゃあ、一つ提案です』
『なに』
身を乗り出してくる梅さん。
『こんなに梅さんが橋本さんにゾッコンになってるなら、橋本さんも同じ気持ちかもしれません』
『だから、聞いてみるんです。橋本さんは今も梅さんのことが好きなのかどうか』
『それを聞いてから自分の気持ちに正直になってみたらどうですか。今の彼と結婚するのか、橋本さんとよりを戻すのか』
『橋本さんに気持ちがないなら、さっさと諦めちゃってください』
しばらくの沈黙ののち
『そうしてみる…』
梅さんはぎこちなく頷いていた。
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“結婚することになりました”
あのアドバイスをした上で、梅さんが今の彼氏さんと結婚することになったってことは…
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『ダメだったんだ、、、』
○○さんに、梅さんへの気持ちがないってことは…
『○○さん』
結婚報告が終わってみんなが業務に戻る中私は○○さんを呼び止める。
「ん?」
『今日の夜、一緒にご飯に行きませんか?行きたいお店があるんです』
「え、あ…うん、いいけど…急にどうした笑」
『…別に?何でもないですよ?』
「うわ、またそれかよ笑」
『じゃあ、仕事終わり…ロビーで待ってますね』
「あ、うん。分かった…」
私のこと、好きになっちゃえ。
END