判断のものさし

「不要不急の外出」って何なのだろうと、ここ最近ずっと考えている。

夕食の材料を買いに行くのは不要不急の外出だろうか?
家にまだ予備があるのにトイレットペーパーを買い増しに行くのは不要不急の外出だろうか?
外食に行くのは不要不急の外出だろうか?
家に帰る前に居酒屋で一杯飲むのは不要不急の外出だろうか?
発熱したから病院に行くのは不要不急の外出だろうか?
自分がコロナウィルスに罹っているか心配だから検査をお願いしに行くのは不要不急の外出だろうか?
卒業式・入学式は不要不急の外出だろうか?
同窓会は不要不急の外出だろうか?
ライブに行くのは不要不急の外出だろうか?
ゲームセンターに行くのは不要不急の外出だろうか?
パチンコに行くのは不要不急の外出だろうか?
通勤で駅に行くのは不要不急の外出だろうか?
開業記念に駅に行くのは不要不急の外出だろうか?

不要不急って人により違うんだろうな、というのはなんとなく思う。
本当に生きるってことに絞れば、飲食、医療以外はすべて不要不急になるのかもしれない。
実際スペインの政令では、通勤、通院、食料品や薬を買う、銀行へ行く、といった必要最低限のもの以外の外出を禁じられてるらしいし。
でも、これも微妙に感じている。
不要不急の仕事や通勤ってないのかなとか。
しなくていい通院をしていないかとか。
余分な食料品を買いに出ていないかとか。
本人は必要で至急と思っていても、じつはどうでもよかったこととかきっとあるはず。
逆に自炊できない人にとっては、飲食店に行くことも必要な外出になるかもしれない。
エアコンが故障した人にとっては家電量販店で至急新品をほしいかもしれない。
なんとなく決めきれないからこそ、日本ではこの不要不急をあいまいにしているところもあるのかなという気もしている。

毎日のようにニュースで、どこでどれだけの感染者が出たと言われている。
その中には拡散を回避できたのでは、と思う行動をとる人も少なからずいる。
個人的には、ライブハウスやジム、あるいは飲食店などで感染源となってしまった人たちの気持ちをすべては否定できない。
それが彼らにとって、もしかしたら生きるために必要なことだったのかもしれないから。
自分の日々のつらさとか悲しさとか、そういったものを癒してくれる娯楽があるからこそ生きていけるということはある。
ただ、自身の体調が悪く感染の疑いがあるのに、そういった活動をするということには全く賛同できない。
というよりも仕事や通勤、買い物とかだって、そういった状況なら可能な限り避けるべきだと思う。

日本中でたくさんの人が、多かれ少なかれ影響を受けている。
そんな中で何かを自粛しないことを悪行とする雰囲気が、本当にしんどい。
本当は何もしないのは普通で、自粛するという行動は善行とされるべきじゃないのかなって思っている。
悪行とされるのは体調が悪いのに出歩くとか、マスクせずに咳き込みまくるとか、そういうことであるべきじゃないのだろうか。
色々対策をしているライブハウスやイベントがありえないと一蹴されているのをみると、そんな気持ちばかり浮かんでくる。
一部で感染者が出たことですべてのライブハウスが悪者にされているのを見ていると、外国で日本人が差別されているのを非難できないよな、と。

自粛要請にある現在の日本で、わからないなりにたくさんの人や団体ができることをしているように思う。
それは素晴らしいけど、しないことを許されざることと批判する方々を僕は恐ろしく感じる。
みんなウイルスを広めたくて行動しているわけではない。
だからきっと色々な理由や判断を経て、開催や営業を決めている。
それを今やる必要はないと、自分のものさしで判断しないでほしい。
場所だったり何かをするという行動自体が生きるのに必要か・至急かどうかは、それに関わる人が考えること。
自分の人生に必要がないからって他人にとっても不要不急とは限らない。

リスクが高いものを取り除きたい気持ちはわかる。
ただ、リスクが高い場所で少しでも下げようと対策している場合と、リスクは低いけど何も対策していない場合ってどっちが危険なのだろうか。
タクシー運転手が感染者だと報道されても、タクシーが問題にはならなかった。
それはそうあるべきだと思うけど、ライブハウスと何が違うのかなと。
なんだかいろんなものがバランスが悪い。
全体を見ず、わかりやすく強調されたものだけを批判する状況がたくさんあるように思う。

とはいえ実際、もしも致死率50%とかとんでもないウィルスが出たらどうなるのかな、と思っている。
大小課変わらずすべてのイベントを中止するとかは、そういった状況における対策なのかなとか。
ただそんなときは食料品の買い物にすら行けないだろうし、かといって通販やデリバリーで済ませようにも、その仕事をする人は出勤してくれるのかという問題がある。
ガス・電気・水道・通信のインフラだって、自動で動いているわけじゃないからそれを動かしている人がいる。
その機能が維持されるかの心配もある。
大昔じゃあるまいし、すべてが収束するまで家から出ないで生きていくなんてきっとできない。
今回の騒動が収まったとしても、感染病を一つの災害とみなし、そういった事態への備えや対応について改めて考えていかなきゃいけないんじゃないだろうか。