ポップコーンは買わない派です。vol.25
井の中ののび太くん。大海を知らないために地獄をみる。
あらすじ
「ゴモラ」などで知られるイタリアの鬼才マッテオ・ガローネ監督が、1980年代にイタリアで起こった実在の殺人事件をモチーフに描いた不条理ドラマ。イタリアのさびれた海辺の町。娘と犬を愛する温厚で小心者の男マルチェロは、「ドッグマン」という犬のトリミングサロンを経営している。気のおけない仲間たちと食事やサッカーを楽しむマルチェロだったが、その一方で暴力的な友人シモーネに利用され、従属的な関係から抜け出せずにいた。そんなある日、シモーネから持ちかけられた儲け話を断りきれず片棒を担ぐ羽目になったマルチェロは、その代償として仲間たちの信用とサロンの顧客を失ってしまう。娘とも自由に会えなくなったマルチェロは、平穏だった日常を取り戻すべくある行動に出る。
予告編
のび太くんとジャイアン
物語の主人公は犬のトリミングサロンを営むマルチェロここではあえてのび太くんとする。
のび太くんの乱暴な友達シモーネここではジャイアンとしよう。
のび太とジャイアンを見ているような掛け合いというか、のびたくんは平和になるべくことを荒立てず、穏便に過ごしたいという性格の持ち主であるために、それとは真反対のジャイアンとつるむとほんとにいいことないわけ。
言わずもかなで、ジャイアンが、やいのび太!一緒にこい!となればのび太も断れないわけだ。
俺とお前は友達だよなあ!?という脅迫文は本当にタチが悪い。
コカインも金がなくて買えなくなるとのび太の方にやってきて、娘がいようがいまいがお構いなしに押しかけてきて、胸ぐらを掴んでくるという。
それで帰ってくれればいいものの、ここで摂取させてもらうとかほざき出す。いや、まじでふざけんなよ。出てけよ。心の中でそう思っていました。
のび太くんが本当にかわいそうだと思ったよ。
それだけじゃ終わらない。最大級にやばいのが、隣の家が質屋をやってて、そこの金を盗むから、お前の家から穴を掘らせろ。と言ってくるのだ。だから鍵を渡せ。と言ってくる始末。
俺:これはさすがにあげちゃあかんよ。
そう思っていた矢先、再びきました友達作戦。
ジャイアン:友達だよなあ!?
と迫ってきます。そこでのび太は鍵を渡しちゃうのよねえ。
ここまでの時点で結構な軽犯罪を繰り返してるわけで。のび太も悪いところたくさんある。
そうなったら最後よ。案の定強盗するでしょう。そしたら鍵を渡したのび太、お前も共犯だろということで警察に捕まるわけよ。警察での取り調べで、のび太くんはこう言われます。
ジャイアンの仕業なんだろ?協力してくれたら釈放してやるよというふうに言ってきます。
俺:のび太さん、これはチャンスだよ。これでサインを交わせばジャイアンとはおさらば!
村の人間も救えるというところで、自分が刑をかぶる。という選択をしてしまうのです。
俺:はああああ!?
意味がわからなかた。なぜ、のび太くんは自ら刑を被ったのか。多分、ジャイアンが釈放された時にまじで殺されると思ったんだろうなあ。罪を受けたのはでかくて、地域の仲間からや家族、顧客からも村八分にされるというかわいそうな仕打ち。
その後自分のスキルを生かしてジャイアンを懲らしめるフェーズに入るのだが、そこで、
俺:おおおお!?やっと仕返しか!頑張れ!
と思うのだけれど、なんとも最後まで救われないかわいそうな展開に。、、、、
本当にのび太くんは最後まで救われませんでした。
まあ神様から見たら、痛いめ見て当然だろってことよね。
でもなあ。地域に面倒臭い人がいたらいたで、なかなか関わらないというふうにするわけにもいかないし、難しいところだよね。。。
自分で思い詰めている感じがするんよね。のび太くんは。誰に相談するともなく、とんでもないことになるまでズーーーっと思い詰めてしまってる。という。悩みは共有して、みんなでなんとかしていく必要があるんじゃないかな。でも人間関係となると難しいのかな。?
地域の外に出るという選択肢も一つの手だったはずなのに、井の中ののび太くん、大海を知らずに地獄をみたの巻でした。
人間関係をよく考えるいいきっかけになりました。ここで登場したのび太くんはしくじり先生に出て欲しいです。