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#010_先生の教え│ロングトレイル

荷物の軽量化と対峙

相棒のHMG

ここ5年ほど、寝泊りを伴うハイキングでは主にHyperlite Mountain Gearの2400 Windriderというバックパックを使用している。

フレームレス(正確には脱着可能なアルミ製の支柱が付属)で1気室の寸胴型、背面と両サイドにメッシュポケットというシンプルな構造。しっかりめのウェストベルトにはスニッカーズが3本ずつぐらい入るサイズのポケットが付いている。

最大容量40L+9.8L、耐荷重約18kgというスペックで使い勝手が良く、周囲のロングディスタンスハイカーにも割と愛用者が多い。ロールトップに慣れてしまうと、雨蓋付きやジップクロージャータイプのものは扱いが煩雑に思えてくる。

このバックパックは、2018年にAppalachian Trailをスルーハイクするにあたり新調したものだ。半年間毎日を共にしたのでもちろん愛着もあるのだが、もう身体の一部と化しているようで、「何かを背負っている」感覚はもはや無く、走ったり飛び跳ねたりしても特にバランスを崩すことも無い。

そして、ストラップ類をキュッと締めた瞬間にいつも、「帰ってきた感」(フィット感とはまたちょっと違う)を背中全体で感じ、まるで気心知れた親友と久しぶりに再会したような、得も言われぬ安堵感に包まれ、ほっとする。

こいつと一緒ならどこまででも歩ける気がする。

バックパックの重さ

2400 Windriderの製品重量は840g前後だが、アルミの支柱を取り除くと600gほど。これは以前にテン泊用として使っていた70LのOsprey製バックパックと比べて約2kg減だ。

Appalachian Trail全線を歩くには500万歩を要するというから、脚に掛かる荷重がトータルで10,000,000kg軽減されたことになる。恐ろしすぎる事実である。

実はもともと荷物が死ぬほど重かったクチだ。「念のため」と言って不要物をアレコレ詰め込んだバックパックはいつも人一倍パンパンで、一時期通った登山教室のガイドUさんからは「佐藤さんもう少し荷物なんとかしようよ」と言われ続けた。

テン泊の回では荷物が重すぎて、駐車場からテン場までほんの数kmのスーパー平坦な道でさえ、一歩を繰り出すことがツラく、すぐに息が上がってただの地獄でしかなかった。

UさんのHPでネタ(←トップ画像手前中央の赤いバックパックが例の70L)になるほどだから、相当ヤバかったということなのだと思う。

ULとの出会い

2015年のゴールデンウィーク、遊びに行った先ではしゃぎすぎて無様に骨折したことをきっかけに、荷物の軽量化にちゃんと向き合おうと心に決めた。

1年順延せざるを得なくなった初めての信越トレイルスルーハイク計画。できるだけ脚に負担が掛からないように=少しでも楽に歩けるように、まずは常連となっていた地元のアウトドアショップへ行き、顔なじみのスタッフをつかまえて相談した。

見せてもらった彼の私物のアルコールストーブは、衝撃的にコンパクトで軽く、そこで初めて「ウルトラライト(UL)」という概念を知った。

勧められた関連書籍を読み漁り、ULが持つ可能性と奥深さ、そして潔さに惹かれた。今まで見ないようにしてきた自分の「無駄な荷物がいかに無駄であるか」を否応なく認識させられたのが痛快だった。

ULというワードは今や様々なメディアで目にするようになったが、日本国内においてこの概念が定着した背景には、やはり土屋智哉氏の存在が欠かせないだろう。

彼は大学のときに属した探検部で山を始め、洞窟探検に没頭したそうだ。アウトドアショップバイヤーとして就職した後にアメリカでウルトラライトハイキングと出会い、2008年にJohn Muir Trailをスルーハイク。

のちに東京・三鷹でハイキングギアを扱う専門ショップ「Hiker’s Depot」を立ち上げた。

Hiker's Depotという教室で

自分が初めてこの店を訪れた際、ちょうど土屋氏が店番をしていた。

「信越トレイルをスルーハイクしに行く予定なんですけど…」と、勇気を出して話しかける。

「あぁ、そうなんだね~」と言いながら、彼は目の前でむんむんに発せられる分厚いヒヨッコオーラを瞬時に察知したようだった。

こちらが投げかける「どうやったら荷物を軽くできて初めてのロングディスタンスハイキングを成功させられるか」という主旨の、取り留めの無い質問の波状攻撃に対し、全体を俯瞰しながらキーポイントを着実に捉え、その他大半の的外れな弾についてはlet it goという感じで、ひとしきり聞いてくれた。

そしておもむろに語り始める。大切なのはハイキングにおける荷物の軽量化、の前に、まずはハイキングを経験すること、手元の道具と付き合い試行錯誤すること、その上で自分にとって何が必要で何が要らないのかを見極めること。

ULとは方法論であり、目的ではない―それは恐らく彼がこれまで培ってきた経験と豊富な知識+飽くなき探求心から導き出されたであろう、めちゃくちゃ土臭く、美しい解であった。

土屋氏の愛情あふれる一喝に、ぐうの音も出ない。そうなのだ、自分には圧倒的に経験が足りていない。それを棚上げし、ハイカーにとっての永遠の課題(であり、その試行錯誤のプロセスは大いなる悦び)である軽量化に取り組もうとしていた。

そもそも自分はまだハイカーですらないのだ。

衝撃体験

覚醒?と同時に、処理能力以上の情報量をインプットされた脳みそがぼーっする。わかりました、どうもありがとうございます、精進します…とうっかりそのまま店を出そうになった。

しかし我に返る。せっかく来たのだから何か商品を買って帰らなければ。

店内を見まわし、アルコールストーブが陳列されている棚が目に入った。ULといえば、的なイメージも先行し、下調べの結果クッカーは絶対アルコールストーブにしようと思っていた。

色々なタイプがあり、自分にとって一体どれがベストなのか瞬時には判断できなかったので、そこは宿題で持ち帰ることにした。

代わりに、隣に置いてあるVARGOのアルコール用燃料ボトルを手に取った。これは何にしろ使うことになる。

「じゃぁ今日はこれだけ買ってきます―」レジにいる土屋氏にそう告げたところ、衝撃の答えが返ってきた。

「そんなのペットボトルで代用すればいいから要らないよ。たった5日間でしょ~」

なんと、客が欲しがる商品を店主が買うなと言う。こんな店、他にあるだろうか。

しかし、考えてみればそのとおり、たった5日である。「まぁ、そうか、確かに…要らないっすね!」 妙に納得し、結局何も買わずに帰ってきたというオチ。

そしてこの「代用」というキーワードが、その後の自分のパッキングに大きな変化をもたらした。

(つづく)

※この投稿は「&Green」に2023年2月22日掲載済みの記事を転載・加筆修正したものです。

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