2100年の私的なSFプロトタイピング
物語をしっかり書こうとすると案外、筆が進まない。
思いついたシーンを行き当たりばったりで書いていくことは没頭できて楽しいが、書き終わったあとに読み返すと冗長だったり、メッセージのないそれっぽいだけの表現が散らばっていて読むに耐えないものになっていることが多い。
そういうわけもあって、社会人になってからは新しい長編の小説を書くことは随分減ってしまった。
ちゃんと書こうとするときにかかる労力と苦労を知ってしまったからだ。
労力と苦労で筆を取るのを辞めてしまうくらいなので、私は小説家には向かないことだけは確かだ。
とはいえ、書いてみたいテーマがあった。
それは2100年の世界だ。
いろいろなFuturist(未来学者)の書籍を読み、自分なりに発想を広げ、いくつもの観点から未来の世界を描いて見たいと思った。
未来の世界を描くことは、未来の解像度を高める。
面白い未来を描き、それに向かって生きてみたい、そう思ったのだ。
2100年には私は109歳。
寿命的にギリギリ生きているか死んでいるかの境目だ。
私が自分の目で見て認識できるかはさておき、その時代はどんな時代になっていそうか、あるいはなっていてほしいか。
私はいくつもの仮説をもとに2100年の世界観を書き出していた。
大体3万字くらいだっただろうか。
その仮説を矛盾なく網羅しながら物語を描く気力は正直なかったが、生成AIの登場と、穏やかな育児休業の時間がそれを後押ししてくれた。
私は3万字に及ぶ世界観をインプットした生成AIと対話しながら、2100年の世界を解像度を高めて切り出して、SFプロトタイピングとしていくつもの短編を作ることにした。
書いてみるととてもおもしろい。
世界観に描いていなかった、思ってもみなかった発想がつながって、より飛躍した未来を描くことができた。
書いてみたい、で止まらずに済んだ。
自分なりに未来感をもう少し広げていきたいと思う。
以上