SFプロトタイピング:倫理監査局/デジタル意識
私は倫理監査局で働くエシカル・コンサルタントだ。2100年、テクノロジーは人々の存在を解体し、肉体から解放された意識たちが浮遊している。まるで霧の中を彷徨うように、彼らの記憶はデジタルの海に漂い、誰もがその深さに触れられる時代だ。
私のチームでは今まさに問題になっているデジタルの人間の意識の問題を議論していた。
「サラ、デジタル意識の所有権についての論点は?」ライアンが問いかける。
私は彼の問いに軽く頷く。目の前のスクリーンには、無数のデータが並んでいる。それは記憶の断片であり、同時にデジタル商品でもある。彼らの存在がどれだけ安易に取り扱われているか、知識として理解していても、心の奥では不安が渦巻く。
「私たちの意識や記憶が、商品にされる危険があること。すでに、今でも」
私の声は小さく響いた。周囲の視線が集まり、瞬間の静寂が訪れる。参加者たちは、一瞬の戸惑いを見せたが、その反応は言葉以上のものを物語っていた。
会議室の中、壁に映し出されたデータは淡々とした表情を浮かべていた。が、参加者たちの心の中には、過去の出来事から醸し出された不安が渦巻いているのだ。かつての技術者たちが意識をデジタル化することの倫理を無視し、その結果として何が起こったのか。私たちが見つめるその影は、彼らの目に深く刻まれている。問題はすでに顕在化し、社会に傷跡を残していた。
「そうだ。だから我々はデジタル意識の倫理ガイドラインを整備する必要がある」待っていたかのようにライアンが宣言する。
今後のアクションを決めて会議は終わった。私はオフィスを後にする。街を歩くと、仮想空間で浮遊する意識たちが、まるで夢の中のように交差している。彼らは色とりどりのデータに装飾され、個々の存在を主張している。そのデータは誰の記憶から作られたものなのだろうか?
少し歩いて目の前に現れたのは、老舗のカフェ「エコー」。いつも混雑しているが、今日は静けさが支配していた。窓際の席に座り、ホログラムメニューを開く。ここでは、物理的な飲食物ではなく、神経刺激による味覚体験が提供される。選んだのは「エコー・スムージー」。それは、”誰か”の過去の思い出を味わうことができる不思議な飲み物だ。
カップを手に取り、目を閉じる。瞬時に、記憶が再生される。草原の匂い、夏の陽射し、そして友達と過ごした笑い声。甘美な味わいが、過去のひと時を今に引き寄せる。けれど、ふと私は我に返る。こんなに容易に過去を味わえることの背後には、誰かの意識が消費されているのかもしれない。
店内を見渡すと、誰もがホログラムや拡張現実のデバイスを通じて何かと接続している。直接的なコミュニケーションは減り、感情もデータとして処理される時代。そこらじゅうで処理されるデータの幻影が見えてめまいがした。
その夜、自宅のバイオ・ルームで休息を取ることにした。頭が疲れた。部屋全体が私の生体リズムに合わせて環境を調整し、最適な睡眠をサポートする。目を閉じると、思考が静かに沈んでいく。
頭の中に一つの映像が浮かんだ。それは、昔の友達との別れの場面だった。彼はデジタル化され、新しい意識として生まれ変わったが、彼の記憶の中には私たちの思い出が消えていく。そして私はそのデジタルの記憶を手元に持っている。
「本物の彼は残っているのかな?」と自問自答する。
高度に発達したテクノロジーと便利な生活。しかし、その中で失われていく何か。記憶は商品になり、感情はデータとして処理されている。使いやすく改変されたデジタル記憶や意識の商品は生きているのだろうか? その答えが出る前に、意識が途切れた。