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「知財意識」とは何か? ~デザイン経営と知的財産の関係から

 この note の主題の一つとして、デザイン経営と知的財産の関係について何度か書いてきましたが、前々回の投稿「『知』と『知的財産』、そして中小企業の存在意義」の延長戦として、「知財意識」という観点から考えてみたいと思います。

 前々回の投稿でも紹介しましたが、「知的財産」の位置付けを示すべく、「無形資産 > 知的資産 > 知的財産 > 知的財産権」という包含関係を示すのによく用いられているのが、以下の図です。
 今回はそこに少し加筆してみましたが、「知的資産」には、対象を明確に特定できない暗黙知等の目に見えない資産が含まれていて、その中でも「知的財産」は、文字や数値、あるいは物体の形で明確に特定できる形式知であり、その形式知を排他的に使用できる権利が「知的財産権」という関係になります。

経済産業省Webサイト「知的資産・知的資産経営とは」掲載図に加筆

 やや不正確になってしまう部分もありますが、さらにザックリと表現するなら、その企業が有しているモヤっとしたなんとも表現し難い暗黙知等の「知的資産」から、クッキリと姿を現した形式知が「知的財産」であり、その中でも排他的権利を得られたものが「知的財産権」です。

 そうすると、これを時系列的なプロセスで示すならば、モヤっとした知的資産を「形式知化」すると知的財産となり、その知的財産を保護すべく「権利化」すれば知的財産権を得られる、という流れになります。(外部から知的財産権を譲り受けたり、ライセンスを受けたりするようなケースでは、いきなり知的財産権からスタートすることになりますが、多くの場合はこの流れに当てはまるはずです。)

知的財産を挟む「形式知化」と「権利化」

 つまり、企業が有する知的財産は、その前工程に「形式知化」が、その後工程に「権利化」というプロセスが存在するわけですが、企業の「知財意識を高める」とか、「知財意識が足りない」とかいう場合の「知財意識」とは、いったい何を指しているのでしょうか。

「知財意識」とは何か

 上に示したように、知的財産が生まれる前後には、①固有の経営資源を掘り起こして形式知化する、②形式知を選別して権利化(or秘密管理)する、という2つのプロセスが存在するのに、知的財産(知財)を意識する、知的財産(知財)に着目するといった場合、②に意識が寄り過ぎていることはないでしょうか。

 もう少し解像度を上げて考えると、企業活動は、これまでの歴史や企業理念、組織文化といった固有の知的資産を背景に行われますが、そこにはその企業ならではのものの見方や考え方、経験をもとに身体に蓄積される暗黙知、周囲からの信用といった、モヤっとしたなんとも表現し難い知的資産が蓄積されていきます。その知的資産から表出した、文章や図面により対象を特定できる発明、物の形状等に表現された意匠、知的資産の全部又は一部を表象するブランド名・商品名やロゴなどの商標が、形式知化された知的財産です。
 そして、特に意匠や商標の領域では、こうした形式知化の役割を担っているのがデザイナーやコピーライター等のクリエイターであり、「デザイナーは知的財産に対する意識が足りない」などと言われることがありますが、それはあくまで「権利化」の話であって、知的財産を生み出す「形式知化」のプロセスに関しては、それが知的財産であるとは意識していなくても、まさに知的財産が生まれるプロセスに関わっているわけです。
 発明の形式知化では、発明者が発明提案書を作成したり、弁理士や企業の知財担当がヒアリングにより発掘したりするので、暗黙知等を形式知化する役割は、デザイナーだけが担っているわけではありません。ただし、意匠や商標に比べると、発明などの技術では掘り起こす知的資産がかなりピンポイントである点が異なりますし、新しい商品やサービスをデザインして意匠や商標が生まれる工程で、並行して発明が生まれていることもあるでしょう(その発明を形式知化するのは、やはり知財専門家ということになりますが)。

「形式知化」→「権利化」のプロセス

 このように、デザイナーは企業のモヤっとした知的資産を幅広く掘り起こし、言葉や形に形式知化して、知的財産を生み出す工程を担っている存在ですが、そうしたモヤモヤを掘り起こして整えることを可能にしているのが、前回の投稿に書いた「デザイン」という彼ら・彼女らの思考や行動の基盤となっているOSです。
 そして注目したいのが、この形式知化における「言語化」の重要性です。
 アウトプットがどういう形になるにせよ、第一段階のプロセスとして、そのモヤっとしたものをコンセプトとして言葉で表す「言語化」が必要になります。デザイナーの奥山清行氏は著書「ビジネスの武器としての『デザイン』」の中で、デザインにはコンセプトを言葉に表す「言葉のデザイン」と、コンセプトのスタイリングである「絵のデザイン」があり、前者が半分以上、ものによっては3分の2以上を占めると書かれていますが、形式知化には「言語化」が重要なプロセスとして存在するわけです。

 つまり、モヤっとした知的資産から知的財産が生まれる第一段階は、対象が言葉として表される言語化です。
 そこから発明や意匠、商標が権利化され、あるいは技術情報等が営業秘密として管理されるのが、知財意識の②に示した知財マネジメントとなるわけですが、実は言語化された知的財産を活かす道は、そのルートだけではありません。
 知的財産権として権利化されるプロセスをたどらなくても、そこで言語化されたコンセプトが「自社らしさ」として社内共有されることでインナーブランディングに活かされ、あるいは、身体的なコツが言語化されることでノウハウ継承が促進され、「自社らしさ」を表す言葉をキャッチフレーズとして用いることで営業活動や採用活動でのインパクトが増し、その企業の固有性や魅力を金融機関が認識して前向きの対応を得られるなど、様々な場面で活かされる可能性が生まれます。
 特に中小規模の事業者にとっては、権利化を主とする典型的な知財マネジメント以上に、そうした活用法の余地が大きいといえるのではないでしょうか。

「形式知化」における「言語化」の意義


 少々込み入った話になってきてしまったので、知的財産に関する「形式知化」と「権利化」の話に戻すと、一般に「知財意識」というと「権利化」のプロセスにフォーカスしがちです。その理由はおそらく「知財意識」の重要性を語る人の多くが「権利化」のプロセスを担う知財専門家だからでしょう。
 その一方で、そうした「知財意識」の重要性が、なかなか広まらないというジレンマがあったりもします。

 そこで、知的資産→知的財産→知的財産権までを包括的に事業者の有する「知」として捉え直すと、「知的財産」を挟むように、その前後には「権利化」に加え、「形式知化」のプロセスがあることに気づかされます。
 このモヤっとした知的資産を形式知化して知的財産を生み出すプロセスこそが、まさにデザイン経営で行われていることであり、下図のように表してみると、これらが知の体系を構成する両輪となり得ることが明確になるでしょう。知的財産を切り口にして見れば、デザイン経営は、企業が有する可視化されていないさまざまな資源から知的財産を創出する、形式知化のプロセスを担っているということになります。
 こうした形式知化のプロセスは、発明の発掘では知財専門家によって行われますが、あくまで特定の技術にフォーカスしたピンポイントの掘り起こしであって、企業自身や事業全体に存する「知」を幅広く対象にするものではありません。

「知」の体系におけるデザイン経営の役割

 昨年度来山形で、山形県発明協会さんが県内4信金と連携して、デザイン経営の考え方に基づいて「自社らしさ」を言語化するセミナー&ワークショップを展開しており、先日その取組みを金融機関向けに紹介するセミナーがありました。
 その機会に信金の方々と議論して感じたのは、地域金融機関の方々により強く関心を持たれる「知財意識」とは、②形式知を選別して権利化(or秘密管理)する(=権利化)ではなく、①固有の経営資源を掘り起こして形式知化する(=形式知化)である、ということです。そうした形式知化に取り組んで、顧客と深い議論をすることが、顧客の目に見えない資産の存在を認識するとともに、顧客との関係の深化や、地域におけるネットワーク強化にもつながるからです。
 その上で必要性があるものについては、②の権利化に進むべく知財専門家側に引き渡せばよいわけだから、金融機関には②の権利化に関する「知財意識」ばかりを強調する(「模倣されたら、使えなくなったら大変ですよ」とか恐怖を煽るやつです)のではなく、知財側も①の形式知化の領域に踏み込んで、その部分を一緒にやっていくことが「知財意識」の共有につながり、①~②へスムーズに引き渡すブリッジになるのではないでしょうか。

山形県内4箇所で実施したデザイン経営実践セミナー&ワークショップ


 今回の記事はまだ生煮えの状態で、かなりわかりにくいものになってしまった感がありますが、ここまでの話を前々回の投稿「『知』と『知的財産』、そして中小企業の存在意義」で提示した「卵モデル」にあてはめて、今一度整理しておきたいと思います。

 まず、社会に必要とされ、存続している企業には、その企業ならではの歴史、企業理念、組織文化、信用といった、具体的には表現し難い知的資産が必ず存在していて、日々の企業活動における経験から、さまざまな暗黙知(身体知)が蓄積されていきます。その企業の固有性の源であり、「知」の中核となる部分です。【卵の黄身部分】

 デザイン経営の取組みでは、そうした「知」の中核となる知的資産を、論理的・分析的・合理的なアプローチとは異質なデザインのアプローチ(デザインのOS)で、丁寧に掘り起こしていきます。

 モヤっとしたなんとも表現し難い企業に固有の知的資産は、ワークショップや対話を通じて、メンバーの共通了解として言語化されて、あるいは、壁打ち的な対話を伴うプロトタイピングを通じて、その企業らしさを表象するプロダクト等の現物として(セメントの金谷さんがよく「エヘンといえる、顔づくり」と仰っているのがまさにそれかと)、目に見える形で姿を表します。これが形式知化された知的財産です。【卵の白身部分】

 この段階での形式知化によるメリットはいろいろあります。
 たとえば、経営者の意識がブレにくくなる、社内の意識共有が進む、それをもって自社を社外に語れる、ステークホルダーの意識に定着しやすくなる、ノウハウの共有や承継がスムーズになる、社員の成果が顕在化する、などなど…

 そしてそうした知的財産の中でも、保護の必要性が高いもの、自社の権限を確保しておきたいものについては、知的財産権の取得や営業秘密管理、契約などの知財マネジメントが行われることになります。【卵の殻部分】
 この段階では、競合に対する優位性の確保の他、取引相手との交渉力強化、元祖・本家本元の証明、ライセンスにより仲間を増やすといった効果を期待できますが、それが「6つの知財力」のうち、特に第3~6の知的財産の力を「外部にはたらかせる」ことによる効果です。

 このように「知」の体系を表していくと、先に示した「無形資産 > 知的資産 > 知的財産 > 知的財産権」という包含関係を示した図とは逆の形になってしまいますが、概念的な整理とは別に、企業活動の実態に沿って知的財産の位置付けを示すことにも意味があるのではないでしょうか。

 そして、それを生み出す根源にある(法律上の知的財産には該当しない)知的資産が知的財産に包含された形を見ると、その全体を(広義の)知的財産と捉え直してもよいのではないか。そうした捉え方が多くの事業者の「知財意識」を高め、知的財産をより価値のあるものとしていく糸口になるように思えます。


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