地域の歴史と未来をつなぐ「地域文化商社」
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエ イティブリーダシップ特論 第10回 白水高広さん(2020年7月20日)
クリエイティブリーダシップ特論・第10回の講師は、株式会社うなぎの寝床・代表取締役の白水高広さんです。
白水さんは同社を「地域文化商社」と位置づけていますが、その「地域文化」とは何か。各々の地域における「文化」とは、「土地と人、人と人が関わりあい 生まれる現象の総体」であると説明されました。
美術館や博物館、まちづくりNPOは、文化に対する意識は高いものの、経済の視点が弱い。一方、経済を基準に動く既存の商社は、文化に対する意識が乏しい。「地域文化商社」とは、地域にある文化を顕在化させ、それを経済的に成り立つ形にして回していき、文化と経済を両立させることを目的とする商社です。地域の商業的な機能を担っている既存の地域商社が行えていない、地域の歴史・土地性を紐解いて、ものが生まれる背景にある物語を掘り下げる。それを業として成り立たせる仕組み作りに、現在は福岡県八女市を拠点として取り組んでおられます。
「地域文化」を大事にする白水さんのスタンスは極めて明確なのですが、それを前面に押し出すのではなく、顧客である生活者に的確に伝えるために、情報の出し方の最適化に努めておられることが印象的でした。
例えば、「地域文化」といっても普通の生活者にはわかりにくいので、そこから生まれたものを「衣・食・住」という切り口にリフレーミングして提供している。主力商品である「MONPE」は、素材の「久留米絣」を強く言わず、「ニッポンのジーンズを目指して」のキャッチコピーとともに、「モンペ」として広めていく。
そこには大事な目的を達成するための手段として、経済に関する知恵を絞っている姿勢が窺えます。経済は重要だけれども、目的ではなくあくまで手段です。
また、その目的である「地域文化」に関して、ここはすごく重要なのでホームページから引用します。
近年、東京や大阪などの都市に対し、地方は「ローカル」として一つのムーブメントが起こり、魅力として取り上げられると同時に、消費されているようにも感じます。ローカルというのは単純に地方のことをさします。地方では「地域でつくられたものは全ていいもの、誇りをもてるもの。」という信仰が少なからずあります。しかし、それは違うのではないか?と思います。土地に根ざして、地の利を解釈し現代に合わせて価値を転換できているものが素晴らしいのです。私たちは、その土地らしさを感じることのできる文化をネイティブ(NATIVE)と呼ぶことにし、そこに、土地性・歴史性を重んじ、未来に対して思考し続ける人が、営みを持続しながら活動する風景をネイティブスケープ(NATIVESCAPE)として定義します。 (太字は筆者による。)
地域文化商社の活動は、ノスタルジックに「地域の文化を大切にしよう」と叫ぶ懐古的な運動ではなく、その土地や歴史を重んじながらも、現代に合わせて価値を転換できるものを活かそうとする、未来に向けた取り組みなのです。
単に観光客を呼び込んだり、よくある土産物を売るだけでは、結局のところはゼロサムで新しい価値は生まれない。その土地ならではの文化を新たな価値に転換できるかが、真の地域活性化への鍵になるのではないでしょうか。
古代ギリシャの哲学者・ヘラクレイトスは「同じ河に二度はいることはできない」といい、「世界は火である」と考えたそうです。川や火は、一瞬たりとも同じ姿をとることなく揺らめいているが、たしかにそこに存在している。「私」も同じで、昨日の私と今日の私には違いがあるけれども、二人の人間がそこにいるのではなく、変化を貫く同一の「私」が根底には維持されている。常に変化を続けながらも、その根底には同一性が維持された変化しない「何か」があり、その「何か」がなければ、ただ数多くの「別のもの」が並び立つだけの状態となってしまう(第5回の講師・古賀徹先生のご著書「デザインに哲学は必要か」より)。
地域文化とは、地域がその地域であるための「何か」であり、それは固定的なものではなく、常に変化するからこそ、その「何か」であり続けることができるのだと思います。
うなぎの寝床は2012年の創業で、現在のスタッフは20~30名、直近の売上高は3億円弱だそうです。経済的に成立する仕組みを構築しながら、地域の文化を継承するという目的に向かって、着実に前に進んでいる。そこには時価総額云々では測れない、これからの企業に求められる確かな「価値」の存在を感じます。