ネルドリップエグゼクティブ「TISE(タイズ)」本郷三丁目
タイズはコーヒーの店だ。間口は三メートルもないのではないか。本郷三丁目駅から春日通りを東に進む。本富士警察署を通り越してしばらく行ったところにあるのだが、注意していないと見過ごしてしまう、そんな外観だ。
知る人ぞ知るネルドリップコーヒーの店として、開店後、瞬く間に人気店に。店の影響か否かはわからないが、タイズの周辺では本格的なコーヒーショップやタピオカドリンクの店も進出してきた。
思わぬところで街の経済が動く東京では、ある種の、何かに選ばれたとしか言いようのない「お店」の出店で街並みが変わることがある。
タイズの店内に入ると、おしゃれなタイル張りのカウンターがまず目につく。対側にはカウンター席が7つ。奥の左にテーブル席があり、突き当りに小さな小部屋風のスペースがある。
なんか、寿司屋みたい。
はじめて店を訪れたときにはそう感じた。あながち間違いとも言えない。なんせ、この店のコーヒーに対するこだわりは尋常でないのだ。オーナーは凄腕のすし職人兼親方と同じポジションなのだ。
店では3年間(!)熟成させた珈琲豆をネルドリップで一杯ずつ抽出する。上島珈琲でもネルドリップコーヒーの提供があるが、上島珈琲のネルドリップコーヒーは事前に機械で作り置きしてある。ネルドリップコーヒーは店舗で提供するには手間と暇がかかりすぎるのだ。
オリジナルコーヒーを注文すると、予想はしていたが、特別に神経を使って沸かした湯で、細心の注意を払ってネルドリップが「はじまる」。カウンター越しに店長と真正面に対面して、本を読んだりする強者もいる。もちろん、私はこの緊張感がむずがゆく、何とも言えない気持ちで春日通りを通過していく車両を店奥から眺めている。
やがて、ふちの厚い、通好みのカップでコーヒーが出来上がってやってくる。提供の仕方も静かに、すっとカウンター越しにコーヒーが出てくるので、高級なすし店か、バーに居るかのような雰囲気だ。緊張の中おそるおそるそれを飲んでみると、香り高く、しかも味わいのあるコーヒー。ネルが雑味を取り除いてくれるのか、豆が良いのかわからないが、一時世を席巻した猿田彦風のコーヒーほどのえぐみはない。無理に例えていうなら、ホテルのスペシャリティコーヒーと猿田彦コーヒーの、いいところだけをあわせたようなものか。(良い言葉がみつかりません)
その昔、作家の開高健が、日本には決して出回らない、富裕層向けの超高価な紅茶を飲んだところ、薄い色合いの液体で、なんとも特徴のない味だったという旨のエッセイを書いておられたと記憶している。
タイズのコーヒーは、とてもおいしい。間違いない。しかし、お店の個性の強さに似合わず、なんともコーヒー自体の個性を見つけることが難しい。これは、もしかしたらめちゃくちゃすごい、うまいコーヒーなのかもしれない。
お店では、手作りのケーキ、チョコなどのスイーツも提供されている。また、白いカウンター上で売られている焼き菓子は小麦の味を存分に生かした繊細かつ素朴なうまみにあふれている。人気店だけに、売り切れが生じることも多く、目についたときに二、三種類購入して味見しておくことをお勧めする。
ちなみに、コーヒー一杯でちょっといいランチ代になります。高いと思うか、適正価格と感じるかはあなた次第。
もちろん、わたくしは高いと思いますが。
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