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僕とオフワンズと鵜久森作品の話

久しぶりにnoteを更新した。
どうも、後関貴大です。

Twitterでは毎日のように呟いてるんですが、
6/18(金)~ 6/21(月)の4日間、
オフワンズ『チンドル先生の愉快な授業』
に出演します。これを書いている今、本番まで一週間を切っています。

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公演概要や予約など、詳細はこちらまでどうぞ。

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オフワンズ。
多分、殆どの人が観たことない団体なんじゃないかなって思います。
桜美林大学卒業生を中心に組まれた団体で、後関が昔所属していた団体です。
そこに今回、客演として出演することになりました。
僕が団体を抜けてから数えてみたら3年ぶり。

3年も経てば人って変わるもんで、久しぶりに会ったメンバーは少し大人に……。

なってるかと思ったけどそんなことありませんでした。
大学時代に一緒にバカやってた仲間たちが、多少の変化はあれども本質はほぼそのまま、稽古場にいました。

彼らとのこれまでの話と、今回の作品のことについて、超ざっっっっっくりと書き記しておきます。僕自身のために。大半が思い出話になりそう。

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オフワンズの前身団体であるDOBELLMANという学生団体を結成したのは僕が大学二年生のときでした。当時なんとなく仲の良かった同期5人で結成した、なんてことない学生劇団。
僕の母校、桜美林大学にはキャンパス内に学生がある程度自由に使える設備が整っていて、その中には収容可能人数200人弱の劇場もありました。
その劇場で「芝居中に生演奏のバンドやったらかっこよくね?」が最初の公演のきっかけでした。改めて書くとなんてバカなんだ。笑

何人か他の同期や後輩たちも巻き込んで、約半年間という、今思うと長すぎる稽古期間を経て最初の作品『VOID』は上演されました。それが大学三年生の頃。
とあるロックバンドの崩壊と再生、そしてそれを取り巻くそれぞれの家族の繋がりやすれ違いを描いた群像劇。恥ずかしくなるほど真っすぐなセリフと、恥ずかしくなるほど愚直な演技。そんな作品でした。
だけど、半年も同じ仲間と同じ作品を作っていたら自然と愛着が湧くもので、今でも『VOID』は僕にとって特別な意味を持つ作品です。
拙いけれど一生懸命だった。

その公演が終わったあと、メンバー間で話し合ってDOBELLMANは劇団としては解散することになりました。
理由はなんでだったか今では忘れてしまったけど、その後は作・演出の鵜久森達彦のソロプロデュース団体として第二、第三回公演を打つことになります。
メンバー間の不仲とかでは決してなく(なんなら今回の作品も当時のメンバー4人いる)、僕は『VOID』以降の二公演にどちらも携わっていました。
関わっていた理由は単純明快で、彼の書く“人間”がとても自分好みだったからです。

弱者に厳しく、けれど絶対に見捨てない。
これが、個人的に感じる鵜久森作品の印象でした。
今も変わらないかもな、この印象は。

この作風が本当に好きで、ずっと体現したいと思い続けていました。
けど、状況は徐々に変わっていくもので。

DOBELLMANの第三回公演が終わった後、鵜久森達彦が就職して演劇を辞めるという話をしてきました。
寝耳に水でした。彼なりに思うところがあったのだろうと今ならなんとなく察することが出来ます。

彼の作品が出来なくなる前にもう一度やりたくて、彼に脚本を提供してもらって僕が自主企画を立ち上げるなんてこともしました。
しかし、当時の自分の力量不足から周囲に多大な迷惑をかけることになり、後に繋がる罪悪感や劣等感を抱えることになりました。今でもこのときのことを思い出すと、申し訳なさと苦しさで胸がいっぱいになります。
その件に関しては長くなるし暗くなるので一旦割愛するとして。

そんなこんながあり大学の友人としての付き合いは続きつつ、DOBELLMANとしてみんなで作品をつくることはなくなっていきました。

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DOBELLMANが完全に活動休止してから1年ほど、DOBELLMANのメンバーだった友人から電話がありました。
「達彦と新しい団体作るから一緒にやんない?」
もう一度鵜久森作品をやれる。その事実に、二つ返事でOKしました。
これが後のオフワンズ。

『VOID』の時の共演者数名をメインに新たに結成されたオフワンズ、最初は僕含めて7人でした。

そうして新体制で旗揚げ公演の稽古を進めていったのですが、この辺りで前述した自主企画で抱えた僕の劣等感がピークに達し始めます。
今よりもっと未熟だった当時の僕の演技が、演出家の求める基準に達しておらず、ダメ出しを解消できない沼にハマってしまいました。

芝居の巧拙と、自分の人格の良し悪しは別物。
今冷静に俯瞰すると当たり前のことなのですが、当時の僕はそれを区別する余裕を過熱する稽古の中で段々と失っていき、次第に心を病んでいきました。

旗揚げ公演をなんとか終えたあと、僕が自主企画で脚本提供をしてもらった作品を再演することになったのですが、初演時、沢山の人に迷惑をかけたトラウマのスイッチが入り、心が完全に限界を迎え、僕は稽古開始前に半ば強引に降板させてもらうことになりました。
それをきっかけに、演劇からも、オフワンズからも一度距離を取りました。

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降板してから二か月、僕は自分が出演するはずだった公演をフラフラした足取りで観に行きました。数ヶ月ぶりの観劇でした。
僕自身が迷惑をかけた張本人。本当に怖かったけど、観なくちゃいけない、観ないと後悔する、と心のどこかで思っていたのかもしれません。
劇場の前で三回くらい、やっぱり帰ろうか悩みながらも意を決して中に入り、最後列の端っこで作品を観ました。

幕が上がる。僕がやるはずだった、やりたかったはずの役を鵜久森達彦が演じている。

初演版になかったセリフ、展開、そして仲間たちの芝居。
気付けば声を殺してボロボロと泣いていました。嗚咽が止まらなかった。

そこには僕が大好きな、弱者に厳しく、けれど絶対に見捨てない、鵜久森作品がありました。

ああ、もう一度演劇がやりたいなぁ。

その公演はそう思わせるのには充分でした。

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心が落ち着いてまた芝居が出来るようになってからは、オフワンズとは別の道で今まで自分がやってこなかったようなジャンルの作品に進んで出るようになりました。
最近の後関の芝居のイメージは多分こっちの方が強いと思います。

そして去年、鵜久森達彦からオファーをもらい、今回『チンドル先生の愉快な授業』に出演することになりました。

「多分今の後関なら大丈夫だよ」

そんな感じのことを彼は言っていたような気がします。

「うん、俺もそう思う」

そんな感じの答え方をした気がします。

そのやり取りは決して間違ってなかったと確信を持って言えます。
これまで何度も彼の作品を演じてきましたが、間違いなく今回が一番、芝居をしていて楽しい。
彼らと別の道を歩いて得た蓄積と、あの頃と変わらない情熱で、昔馴染みの共演者とも、今回初めましての共演者とも血の通った芝居が出来ています。
あの頃と本質が変わってないのは僕も一緒かもしれない。彼らと一緒に芝居を作っていると、自然と学生の頃の自分に戻っていくのを感じます。

弱者に厳しく、けれど絶対に見捨てない。
今回の公演『チンドル先生の愉快な授業』もそんな作品です。

スクールカーストが支配する90年代のアメリカの高校を舞台に、正体不明のクレイジーな教師が生徒を巻き込んで行う授業。
その渦中にいる生徒たちの関係性の変化を描いたダーティーエンターテインメント(今勝手に名付けた)です
決して綺麗なものではなく、猥雑で、クソッタレ。
だけど、そこには紛れもない人間がいます。それを浴びるように観てほしいです。

『チンドル先生の愉快な授業』
6/18~6/21 APOCシアターにて上演します。
何卒宜しくお願いします。

【予約フォーム】
https://www.quartet-online.net/ticket/chindle?m=0rcihcb

ここまで読んでくださった方と、一人でも多く劇場でお会いできることを楽しみにしています。
ではでは。

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