カメラの師匠との対談記(後編)~応援のカタチと女子プロレスにおける横断幕の影
私のカメラの師匠(と勝手に尊敬している)ダイソンさんとお話させて頂く機会に恵まれたので、内容を元に2本記事を書いてみようと思います。
後編では、横断幕作ってみようかな、というトークから、「応援をカタチにすること」に付随する対人トラブルについて書いてみようと思います。
前編もよければご覧ください。
導入
応援グッズと聞いて、どんなものを思い浮かべるでしょうか。
バット?傘?メガホン?うちわ?
色んなものがありますが、ことプロレスにおいては紙テープと横断幕がメインです。
今回、ダイソンさんから以下の質問をされました。
横断幕を作ろうと思ってるんですけど、何か気にする事ありますか。
この問いに、私が初めて横断幕を作る際に、先輩ファンから色々教えてもらった、ドロドロとした対人トラブルについて少し触れて回答をしました。
少し、と書いたのは、すべてを話そうとすると1時間程度を要するような根深い話もあり、要点だけ掻い摘んでお話したためです。
気にしなければ気にならないのかも知れないですが、ひょんなことからプロレス自体から身を引くような事態にもなりかねない、そんな面について書いていきます。
なお、私が事情を知っているのは女子プロレス界隈の一部であり、プロレス全体に同様の問題が存在しているとは限らないことを前置きとさせてください。
応援のカタチ
冒頭で触れましたが、各種チケットを購入して見に行くスポーツやライブなどのイベントでは、応援グッズというものが販売されています。
プロレスでも同様にあるのですが、Tシャツやキーホルダーなどがほとんどで、いわゆる鳴り物のようなものは少ないです。
そのため、人によっては応援グッズを自作していきます。
例とすれば、名前などが書かれたボードやうちわ、冒頭で述べた紙テープや横断幕が挙げられます。
自分がやりたいカタチを実現するには、それなりに労力を掛けないといけません。
皆が思い思いに、周囲の迷惑にならない範囲で行えれば、会場がステキな空間になることでしょう。
面倒な話
では、いざ自作グッズを持って会場に行ってみましょう。
選手にも喜んでもらえて、とても良い観戦となりました。
それをよく思わない方々がいるのです。
言い分は様々、「選手は実は迷惑がってる」「目ざわり」「トップオタ気取ってる」。
何が悪かったのでしょうか。何を直せばいいのでしょうか。
答えは、「何か行動を起こした事」そのものが悪い、言われたくなければやめろ、という圧力に他なりません。
何か表現すること、何かを形にすること、それ自体にが気に食わない、そんな方もいるのです。
そして何より、会場には多くとも1000人程度しかいません。何度か顔を見ていれば、特定することはそう難しくありません。
目立つ行動を取れば、誰かの幸せを妬む人に見つかるのです。
話したこと、横断幕について
さて、会話のくだりに戻しましょう。
横断幕を作る上での注意点について聞かれた私は、ローカルルールの把握と、周囲とのかかわりの面倒さを知っておくことについて話したと記憶しています。
ローカルルールは、各プロレス団体によって異なります。出場する選手の数であったり、ルールを作ってきた人の性格に依存します。
また同じ団体であっても、会場が違えばルールが違いますし、同じ会場でも試合順によって特別措置が取られることもあります。
すなわち、その場を仕切っている1人ないし複数の人物と、コンタクトが取られるようにしておく必要があるのです。
各団体のファンの毛色であったり、団体間でのカルチャーギャップについても把握して、コミュニケーションを取ることが求められます。
私が通っていた団体では、幸いにもファン仲間に恵まれ、比較的協力しながら横断幕の運用を行えていましたが、一歩外に出れば違った文化があることに触れています。
それでもトラブルが無かった訳はなく、「作って終わりではない」という旨の話をしました。
一番厄介な話
さて、ここからは時間的に話しきれなかった内容です。
私が横断幕を作る時に、忠告をされたことがあります。
・目立つため、批判の的になることが増えること
・よく思わない人もいること
ここまでは上で触れましたが、まだ先があったのです。
・横断幕を作る以上、その選手のファン代表を宣言するような形になる
・選手が他団体に参戦するときも観戦に
・地方で興行があるのであれば、遠征してでも観戦に
つまり、横断幕は十字架のような重みがあり、その選手へ金銭的にもスケジュール的にもすべてを捧げる覚悟が必要と説かれたのです。
実際にそのような事態に陥ってはいないのですが、私自身横断幕を作るのに腹をくくる必要がありました。
このような事情がもたらした問題があります。
横断幕が1枚も張られない選手が、1人でなく複数人出始めていました。
私なりの主張
ネガティブな面ばかり列挙してしまいましたが、ダイソンさんには「まずは相談、その上で作れるのであれば作った方がいい」と答えました。
横断幕を作ろうとしている選手が、上記の張られない状態が続いているとのことだったので、作った方が良いと考えました。
さて、本稿で何が言いたいかというと、
もっと気軽に応援するキモチをカタチにできるように
という事です。
横断幕1枚目を作る時に先輩ファンに話したことですが、周囲の良く思わない人に配慮することで、損をしているのはその選手なのです。
好きな気持ちがあるのであれば、誰でも形にすべきと思います。
自分語りにはなってしまいますが、私が応援していた選手(ヘッダー写真の右側)が、横断幕が張られない選手でした。
正確には、以前横断幕を持っていた方が来られなくなり、選手本人に預けてそのまま、という状態がファン2名で連続して起きていました。
そのまま「誰かやるだろう」が続いており、少なくとも良い状態ではありませんでした。
なので私は横断幕を0→1にする事にしました。
それは自分の力を誇示するためでなく、可能なら私でその状態を断つことにしたかったためです。
私自身は0→1でしたが、別に同じ選手の横断幕が複数あっても良い訳です。横断幕を張るスペースさえあれば、1→2だろうが10だろうが何枚あってもいい。
界隈に「同担拒否」という言葉もあり、一概に強行すべきとは思わないですが、「誰かがやってるから自分は引こう」となって全体が委縮する必要はありません。
応援するファンが多いことは、選手の人気のバロメーターです。ともすれば、キモチをカタチにした数だけ選手に還元できます。
私が横断幕を作る上で、誰かが別の横断幕を作っても歓迎することを公言しました。それは、応援するハードルを下げて、より多くの人が熱意を注げる環境が実現できれば、という若気の至りをカタチにしたかった面もあります。
選手が引退してしまった現在では、Twitterでの写真投稿で興味を持ってもらったり、noteで意見を書いたりで、表現の在り方を例示したいと思っています。
さいごに
この内容は、心の中で思っていつつも、表立って主張することは少なかったです。
内容が少々過激で、何かしら火を付けてしまう恐れもあり、踏ん切りが付かなかったためです。
今回、ダイソンさんとお話させて頂く中で、2年前の記憶を改めて思い起こせる内容だったので、自分の中でも大事な意見なのかなと思い、書いてみました。
横断幕について書きましたが、紙テープだろうとうちわだろうと、周りの観客に明らかに迷惑をかけていなければ同様と思います。
中には「これOKなの?」という物もありますが、その判断はファンではなく団体や選手が行うものです。
思ってしまうことは止められないですが、「相容れない人」として片付けるようにすることがいいのかな、と。
反対に、「これやってみたい」と思わせられる人物になる方が有意義なので、カメラやnoteを私起因で始めてくださる人がいたら、ファン冥利に尽きます。(さかやきさんありがとうございます!)
前編がポジティブな内容に対し、後編がネガティブな内容になってしまい、申し訳なさもありつつ、話が出来たことの刺激の大きさを実感できました。
また機会があれば、どなたかとトークを繰り広げてみたいと思います。