安心してください。モデルのあなたに期待していません。いい意味で。
期待というのは往々にして裏切られるものです。
思い通りに進まないから。
期待が膨らんでる状態は、ある意味幸福です。
夢見心地ですからね。
期待が結実したあとのことを考えるだけで、生きている喜びを実感できることでしょう。
私も期待します。
6億円くらいまとまったお金が非課税で振り込まれないかなーとか。
実力も実績もある役者さんから声掛からないかなーとか。
1カ月のスケジュールがポートレートの依頼で埋まってほしいなーとか。
現実的なところで、いい写真撮りたいという期待・希望は持ち続けています。
おそらくですが、実力も実績もあるモデルさんにお願いして、煌びやかなスタジオを借りて、有名な写真家さんにコーチングしてもらえば、ほんとおそらくですが結実します。
そんなお金もコネもないという問題を無視すれば。
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さて話をタイトルに戻して。
「いい写真を撮る」ことにかんして、モデルさんにどの程度期待を寄せるか、という問題。
髪やメイクのコンディションバッチリ
服もロケーションにマッチした雰囲気コーデ
テンション最高潮でポージングもバッチリ。
そんな調子で来てくれたら、私の期待通りに撮れると思います。
でも期待なんていろんな要素が絡んで裏切られます。
本題。
「その自分が持っている期待というのは、果たして素晴らしいものか」。
この問いを自分に投げかけることで、そもそも相手に対して期待することの愚かさを語る記事。
自分の期待は素晴らしいものか
全く素晴らしいものではありません。
モデルさんの美容院に行くタイミングはコントロールできません。
どんな服を買うのかリクエストもしないし、リクエストするほど服に関する知識もセンスもないです。
天候や気圧を制御できる龍神の自然霊も憑いていません(最近ようやく天気の子見ました)。
現地の混雑状況や花の開花状況も、我々のことなど知るはずもなく変化します。
期待は賭けと表裏一体です。
どこかで自分が関与できない領域にぶつかります。
まったくバカげているとは言いませんが、結局は他力本願。
「自分が期待・想像できる範囲のことは大したことない」と割り切って「自力でどうにか”させる”」が大事だと自分に課しています。
ちょっとネガティブが過ぎたので言い方を変えましょう。
「自分の期待や想像に依拠しなくても、最初から役者さんは素晴らしい」
について。
「全部自分のせい」メソッド
少し昔話を。
写真を始めて数カ月たったころ。
当時プロレスを撮るにあたって、いくつか不満な要素を抱えていました。
その一つが機材のレベル。
安い機材は、すぐにクオリティの天井が見えてきます。
あまりお金をかけるのも…となっていたものの、「機材が安いから写真のクオリティが低いのだ」と言い訳をしたくありませんでした。
そこで大枚叩いてレンズを購入(約15万円)。
買ってすぐに上達はしないものの、レンズのせいでない”自分の未熟な部分”が浮き彫りになりました。
なんせレンズは悪くないのですから、残すところ悪いのは自分だけ、と考える必要のある領域を狭めることにつながりました。
閑話休題。
モデルさんに期待するしないですが、「モデルさんは最初から素晴らしい」と仮定(暗示)して取り組むことで、同様の効果を得ようとしています。
名付けて「全部自分のせい」メソッド。
するとどうでしょう。
期待する必要はどこにもありません。
唯一あるとすると「楽しい日になったらいいな」くらいで、あとは徹底的に自己責任でことを進めます。
メリットとデメリット
「全部自分のせい」メソッド。
これはとても素晴らしい方法です。
メリットとしては相手にガッカリしません。
仮に結果が芳しくないのであれば、自分が直すべき点に向き合うだけです。
あとは事前準備に対する意識が向上します。
期待するしかない要素、つまり未知の情報を極力減らすのが準備。
ロケハンして、ルートと撮影のシミュレーションして、機材そろえて…
ただデメリット
まず精神を病んでいきます。
何かにつけ、家で一人反省会を開催するので。
実はこのデメリットが洒落にならなくて。
写真の楽しさを損なうだけでなく、自分を嫌いになったり、見捨てられ不安の増幅につながったりと、重たい代償も抱えています。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、ほどほどにしないと劇薬です。
楽しもうという気持ちだけでOKです
すこし過激に書きすぎたので、マイルドに。
安心してください。期待していません。いい意味で。
「モデルとして立つんだから、いい写真撮らせてくれて当然だよね!!」みたいな期待は持ち合わせておりません。
私は自力でカバーしようと這いずり回っているので、「せっかく写るなら楽しんだろ💪」という気持ちをお持ちいただければ💯
当然、慣れ不慣れでクオリティに差が出ることは避けられません。
私だってこんなこと言ってますが、回数重ねた人を撮る方がクオリティは確実に高くなりますし。
それでも私は自分の納得のいく限り準備を整えて、よい体験のサポートをお約束いたします。
まだ見ぬ方と、期待値は低く、満足度は高い、そんなお時間を過ごせたらと思います。
ぜひ。
それでは!