アリスの陰影=音・そして、色
真夏みたいに暑い日でしたが、夕刻には冷えた風が吹いてきて、むしろ寒いくらいになった赤坂のサントリーホールは、ウィルスも吹き飛ばしてくれたかのように沢山の人たちが賑やかで、初めて—そう、初めてでした—訪れたにしては何故か見覚えのある気のするコンサートホールで催される演奏会への緊張感を、オープンテラスでちょっと震えながら飲み干したレモンスカッシュと共に飲み干すと、薄いハッカ色のチケットを握りしめて、いざ、会場へ向かったのです。
二階の席から眺めると、そこは思ったよりこぢんまりとしていて、心配していたスクリーンも十分に大きく見え、とても家庭的な雰囲気に包まれていました。なんというか、まだ馴染みの薄い—例によって浅薄な僕は、この場の主のこの世界に長く共にあることを全く知らずにごくごく最近まで生きていたのです—けれども不思議と親しみを感じることになるピアニストのもつミステリアスな色を決して失わずに、ゆるやかな緊張がとても心地よかったのです。
そこで味わった心の響きを、まだ、うまく言葉にして並べることが出来ません。
ほんとうに、だいじなこと。
とてもとても大切なことを、アリス=紗良・オットさんのピアノと、スクリーンに映し出されるハカン・デミレルさんのデジタル・ビデオ・インスタレーションが語っていました。
それを上手にいま、まだ、言葉にすることが出来ません。
いいえ。
僕も「それと同じなにか」を小説で表現したことがありました。
「それと同じなにか」をアリス=紗良・オットさんは今回のコンサートというかたちで、全身全霊で、65分という時間で、伝えてくださいました。
ありがとうございます。
僕は感謝と共にドイツまでの飛行機でゆっくりお休みできることを祈りました。
あれだけの演奏をした後に、落ち着いてお話をなさっていたことが、驚きでした。
ホンモノ。力強く。ホンモノ。
優しくホンモノ。
アリス=紗良・オットさん
心からありがとうございました。