パパイヤ期の君へ
「パパイヤ期」がやってきたね。
我が家はじいじばあばもいるから、正確には「ママ以外イヤ期」かな。
遊んでもらう分には誰でもいいみたい。拒否が激しめのじいじとでもキャッキャ遊んでいる。
ごはんを食べさせてもらう、おやつをもらう、YouTubeの動画を変えてもらう、着替える、おむつを替える、等々。
こんなお世話全般はママでないとイヤみたいだね。
しかし、我が子よ。
君の母親は短気だ。特に疲れているときや空腹時は沸点がダダ下がる。
もちろん理不尽な怒りを向けないようには努めている。ただ、いつもなら見逃したりフォローする粗相に嚙みついてしまうことは……ままある。
得意ではないのに頑張って作った料理を訳も分からず吐き出されるときなんて、真横にいるのに大声を出してしまう。
その点、パパやばあばは穏やかだ。
料理を吐き出されようが泣いて拒絶されようが穏やかだ。食べきるのに1時間以上かかったって穏やかだ。
私がイライラしていると「イライラしないの」と宥めてくる。それが余計に腹が立って仕方がない。「自分で作ってないからそんなのんびりしていられるんだ」と心で叫んでいる。気づいたらちゃんと叫んでいる。
そんなママからのお世話が良いのだろうか。
確かにお世話全般は毎日ママがやっている。だから慣れてて良い?楽?
でも短気だよ?
「食べられないなら皿に出して」とマジな目で声色を変えて注意する。そして床にぶちまけられた咀嚼物を雑巾で拭いているとき、立ったままじっとこちらを見ているその視線が背中に刺さる。ぶちまけたという申し訳なさと、身の置き所がないという不安と。痛いほど伝わってくる。
注意したこと自体に後悔はない。いつもと違う声色にするのも、目をマジにするのも、いけないことだと伝えたいときの私なりのやり方だ。ただ、ぶちまけてやろうと思ってやったわけではないことは分かる。その点を忘れてフォローが吹っ飛んでしまったこと、皿を洗いながら反省する。洗い終わったら笑顔で一緒に遊ぼうと、かたまった両の頬を叩く。
反省しながら思う。でも、パパやばあばでもいいじゃないかと。
どうしてカリカリなママにいつもお願いするのか。ママ以外がスプーンを持つと叫びながら止めにかかる。嫌すぎて涙を流することも。ママでなければ穏やかにごはんが食べられることを、君も知っているはずなのに。
それでもママを指さして、視界に入らなければわざわざ探して、スプーンを渡してくる。
泣いて目も顔も真っ赤な君を見るたび、泣きそうになる。
短気でもなんでもひっくるめてママが良いと言ってくれているようで。
体は小さいのに、大きな愛情を持っているんだね。
知ってた?ママって短気であり、単純なんだよ。
今日も君を抱きしめて、スプーンを受け取ってごはんをあげる。
ただね、きっと分かっていると思うけど、家族みんな、ママに負けないくらい君のことが大好きだよ。だからパパイヤ期が落ち着いたら、ママ以外にもスプーンを渡すんだよ。
……いや、その頃は自力で食べてくれ。