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三日月 秋
2020年12月21日 17:49
原作:和田慎二第1章 毒蛇の帰還その年、最も早く日本列島へ接近した台風六号「マルピート」。フィリピンによって命名された「残酷な」という意味の名を持つその台風は、ハワイ島とグアム島のほぼ中間地点にあるウェーク島付近にて熱帯低気圧として発生した三日後、最大風速が三十四ノット(十七.二メートル)を超え台風六号となった。北太平洋上をゆっくりと
2020年12月22日 10:39
第2章 鳥「藤川先生。この子、助かるよね?」体中に包帯を巻かれた優子が点滴を打ちながら眠るベッドのそばで、心配そうな目をした吉田たい子が、優子の主治医である藤川恭吾に尋ねた。たい子の地元からは、少し離れた街に建つ藤川総合病院は、彼女が中学時代から世話になってきた病院である。特に公にできないケガを負った時に。たい子は高校を卒業すると、すぐに若い漁師と結婚し、吉田という姓に変わり住むところも
2020年12月23日 11:44
第3章 悪夢 「唯~。由真と連絡ついた~?」結花が台所で食事の支度をしながら大声で尋ねた。「ダメ~。携帯は何度かけても繋がら~ん。メールも返信は来な~い。一応家の留守電にはメッセージ入れといたけど~」人参の皮むき器を手に持ったまま居間に戻ってきた結花が、あきれたように大きく口を開いた。「まーったく、あの子はどーこほっつき歩いてるんだろ。またジャングルかどっかの山に遊びに行いってんのか
2020年12月24日 13:09
第4章 邂逅 結花の家を出た翌日。優子はJR新宿駅に着いた。結花から貰った服ではなく、アイロンの効いたセーラー服を着ている。今日は東と会わなければならない。結花から貰ったシックな服で東に会うのは、やはりどこか気恥しく、服装についてとやかく言われたくもなかった。もっとも、東はこれまで優子の服装について、彼女に何か言ったことは一度もないのだが。ここで再び優子がスマートフォンの電源を入れ、
2020年12月25日 11:13
中間章 純子 集中治療室の外から仲間の学生刑事を見舞ったあと、尾行に気を付けながら重い足取りのまま自分の部屋へ帰り着き、玄関のドアを開けた瞬間、青山純子は異変に気付いた。何だ? 何かが……部屋にいる!咄嗟にヨーヨーを構え、電気も点けずに叫ぶ。「誰だ! そこにいるのは!」「待っていたよ、青山純子君」と言いながら、自分で部屋の灯りを点ける一人の男。「R機関の者か!」「そうだ」男が返
2020年12月26日 16:11
第5章 言い訳 目の前を幾つもの激しい火花が飛び散る。火が着いた何本もの角材が自分をめがけ落ちてくる。周りは一面、黄色と白い毒ガスで覆われていて、ガスのせいでのどが、肺が焼ける。苦しい。息ができない。ナイフで刺された腹部もひどく痛い。辺りは完全に火の海だ。熱い。自分の髪の毛が燃えているのがわかる。熱い。私はここで焼け死ぬのか。嫌だ……。死にたくない。やはり、こんなところで死にたく
2020年12月27日 12:21
第6章 闇の中で 煌々と丸い月が闇夜を照らす曲がりくねった秩父の山道に、優子がスズキのGSX250Rを疾走させる。他にほとんど誰も走る者のいない、暗いワインディングロードに、GSX250Rの甲高いエキゾーストノートがこだまする。ハイビームのヘッドライトが照らす木々の中には、時折、野生の鹿のものらしき眼玉が妖しく光る。GSX250Rは良くも悪くも癖のない、扱いやすいバイクだった。スピードを出
2020年12月28日 11:49
最終章 涙 県道から枝分かれした狭い林道脇に、生い茂る雑草に前輪を突っ込んだまま、一台の黒い大型ジープが止まっていた。車にはフロントガラスがなく、タイヤもなくなった右後輪はホイールまでが歪んでいる。ジープのすぐそばには、一人の林業従事者とおぼしき男性が、頭から血を流し、アスファルトに顔を突っ伏して倒れていた。恐らく麗巳は、男性が運転していた車を奪い、そのまま逃走したのだろう。その日の夜
2021年1月7日 23:16
本編では長い間、雨宮優子の物語にお付き合い頂きありがとうございました。noteに「創作にドラマあり」というテーマがあり、ドラマってほどのものはないし、本来の趣旨とは外れるかもしれないのだけれど、ちょっとした備忘録orあとがきの様なものを書いてみました。よろしければ暫しお付き合い下さい。(この文章は「麗しき毒蛇の復讐」を書き上げ、最初にnoteに投稿した直後に書いたものなので、現在公開中の小説の