「69 sixty nine」を読んで

村上龍にハマっている大学生生活
おれは、この一年間、村上龍の作品にはまっている。乱読しているので記憶が定かではないが、「希望の国のエグソダス」に一番最初に出会った。そこで、作者の社会に対する先見性と、田舎者マインドを嫌う表現に衝撃をうけ、「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカーベイビーズ」「自殺よりはセックス」「愛と幻想のファシズム」「オールドテロリスト」「テニスボーイの憂鬱」を読んだ。
YouTubeにある、村上龍が出ている動画もほぼ全部見たという自負があるほどに、この一年間は村上龍に心酔している。
あと、半年くらいの大学生生活で、村上龍作品を何冊読めるだろうか。

「69 sixty nine」を読んで
村上作品の中でも特にこの本は、田舎者マインドの人、「安定」に疑いを持たない人たちのことを厳しい表現で表している。それが、作者の特に17歳の時の怒りの対象である。そのような人たちをこの本の中では「家畜」と表現している。かっこよすぎて、痺れる。おれも完全に田舎の出身だが、田舎者マインドは、持っていない。それは、大学生になり社会を知ってから意識してそうしようとしてきたのではなく、最初から持っていない。これは言い切れる。だから村上龍作品に惹かれ、ある意味では共鳴するのかもしれない。出生地、育った地域に関わらず、マインドが田舎者の人が多いと思う。人目を気にしすぎ、安定、慣用が正義だと思っている。特にこのSNS過渡期、個人の好きなことを突き詰められる時代において、まだ、田舎者マインドを持っている人が多すぎる。おれは、自分が、自分だけが感動できることに、お金を使い、実際に経験して自分だけの感想を持ち、自分だけの恍惚に浸るということを実践しているし、これからもそんなことに人生を消費していきたいと思う。

おれの17歳のとき
おれは、17歳のとき、矢崎に比べるとあまりにもおめでたかったかもしれない。田舎の進学校に推薦で入学し、勉強はクラスで5番以内に入るくらいにできて、剣道ではキャプテンをしていて、インターハイに出た。基本的に自分の周りのコミュニティは自分の思うままに動かすことができていたし、それはそれで、きちんと結果を出すことができていた。ただ、社会というものを知らなすぎていた。
大学生になり、厳しい部活動からも解放され、自由な時間が増えたので、本を読むことにした。これまでも小説を読むことが好きだったが、いわゆるビジネス書を読むことにした。それから色々あり(ビジネス書って全部言っていることの根幹は同じだと思う)、都内に出て色々な活動をする経験も重なり、社会というものを少しは知ることができたし、お金と時間についての考察を自分なりに深めて、自分の存在意義というものを自分なりに確立することができた。それは、20~21歳にかけての出来事だった。
自分の中では修行期間と呼んでいるが、徹底的に自己対峙して、自分の得意なこと、官能を刺激されることを仕事にしようと思い、今の就職先を、これからの人生テーブルを決めるに至った。

これからの人生も村上龍作品とともに歩み、自分の青年期と比較しながら、今と徹底的に向き合って、生きていきたい。

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