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恋と煙草とアーケード
午後七時。バイトを終え、私はゲームセンターへと入っていく。騒がしい電子音が私を迎える。それと、煙草の匂いも。一か月前は抵抗感のあったそれらも、今では慣れたものだ。私の世界は変わろうとしている。
私は目的地へと足早に歩く。――視線を感じる。それはそうだ。私は目立つ外見をしている。顔が良い十代の女で、セーラー服を着ているから。正直に言うと、気分のいい境遇ではある。あの、彼のことが無かったらの話だが。
目的地。格ゲーフロア。煙が漂っている。ゲーム筐体が所狭しと並び、男たちが群がっている。ゲーム画面に映るのは、二人のキャラクター。格闘ゲーム。1対1で、相手を倒せば勝利。シンプルなルールだ。
私は首を動かし、目的の人を探す。期限まで、あと一か月。時間を無駄にはできない。
「女子高生ちゃん!」
そう言われて、私は後ろから肩を抱かれた。
「う、うおっ!」
私は可愛くない悲鳴を上げる。後ろを振り向く。そこに彼女がいた。
ルルさん。齢はたぶん二十代。私の師匠だ。
「子供っぽい事は止めてください、ルルさん」私は言う。「それに、私は女子高生じゃないです。これはコスプレなんで」
「でもぉ、けっこう定着してるからね~、女子高生ちゃんって」
「ああもう、それでいいですよ」
じゃあ始めますか。そう言おうとした時、視界の端に彼がいた。私は咄嗟に、彼を正面から見た。目と目が合った。彼は不機嫌な顔をして、私の元へ歩いてきた。
「今から特訓かい、お姫様」
彼は言った。赤い髪、大量のピアス。ゲームキャラのパーカー。
「哀川さん」私は心臓の鼓動を感じながら言った。「ええ、これから」
「ふうん」彼は嘲笑した。「お姫様、たった一か月で俺に勝てるって?」
「やってみなきゃ、分かんないでしょ」
私は笑みさえ浮かべて言った。ただの強がり。
それでも、これは私の生きる理由だった。
私は、恋をしているのかもしれない。
【続く】