袂の風圧で前に進めないのでは
家に帰ったら中庭で同居人が焚いた炭を見つめていた。
病んでるのかな。
歌舞伎の荒事の話が興味深かった。
荒事とは勧善懲悪で、赤い隈取をしたヒーローがド派手で張りぼてみたいな恰好でばーんと現れて、まるっと解決するスキームである。最も典型的なのは多分、暫。
江戸歌舞伎で荒事ができた背景に、江戸に有象無象が集まって来て共通言語がなかったので、単純で視覚的に面白いものができたのではということであった。なるほど物語というのは、作り手も受け手もそれなりに円熟しないと実現しない高度なものなのだな。
でも、つまり、荒事で使われている言葉が「わかる」必要は全然ないということだ。ただ、今は逆に言語表現が第一になって久しくなり、身体表現や絵などを「手段」としたときに「わかる」のに慣れていないんじゃないか。自分も、歌舞伎関しては意味がわからなくても超カッコいいとか、後光が差して見えて泣けるようなことがあるが、絵画や彫刻などの美術館にあるようなものを鑑賞するのはちょっと苦手だ。
歌舞伎も、初演の年代からその頃の情勢とか知って見ると、面白そうだなというのが発見であった。研究者はこれだから得難い存在だなぁと思う。お金が潤沢にあったら投資をしたい。
ちなみに「スキーム」、上司が好んでよく使うので辟易しているため、今後しばらく暫で昇華させていきたい。
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