皆が村上春樹を語る時に、僕の語ること
ここ3〜4年近く、村上春樹を読んでいる。職場の上司と小説の話題になって、「村上春樹読んだら?」と薦められて以来である。いま考えると、どうして村上春樹を薦められたのかは謎だ。まあ、ラテンアメリカ文学が好きな方なので、さもありなん、という感じではあるが。
とりあえず、読んだのは、「ノルウェイの森」である。一番売れた作品だから、と安易に手に取ってしまった。
これがまったく共感できなかった。
まあ、私は歴史小説や推理小説・ホラーばっかり読んでいたので、この手の小説を読み慣れてなかったというのもあるが、まあ登場人物に共感できなかったのである。
この読後感というのは何とも説明しづらい。
後日、村上春樹好きな友人(女性)にこのことを告げると、「ああ、『ノルウェイの森』は村上作品でもちょっと異質な作品だから、読みにくかったのかもよ」と言われた。しかし後の祭りである。
この辺で、ああ自分には合わなかったと諦めても良いのだが、なんか意地になってしまって、何冊か読んでみた。
「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」、「ダンス・ダンス・ダンス」。順番はバラバラである。
「ノルウェイの森」よりは面白く感じたが、やはり、「??」という読後感だった。「羊をめぐる冒険」に至っては、続きものだと分からず読んでしまったので、下巻の展開に「え、こいつ誰?」っていう感じで終ってしまった。
ただ、「ダンス・ダンス・ダンス」は良かった。
この作品を読む頃には、文体とか話の展開とか、いろいろなことに慣れていたので、さくさく読み進めることができた。
まず名前。村上春樹ははっきりとした人物名をつけるのが嫌なようで、「鼠」とか「キキ」とか、あだ名のような名前で語られる。「羊をめぐる冒険」を最初に読んだ時、唐突に「鼠」が出てきた時は何の話なのかと思ってしまったけど…。
さてこの「ダンス・ダンス・ダンス」のあらすじを簡単に。
この作品は、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」の続編で、最終作でもある。
前回の「羊をめぐる冒険」で、人生における大きな悲しみを経験した主人公である「僕」は、吸い寄せられるように「羊をめぐる冒険」でも登場した「いるかホテル」を訪れる。当時のホテルは既になく、経営者も変わっていたが、名前は「ドルフィン・ホテル」とほぼそのままだった。そこの受付の女の子が気になっちゃうのはご愛敬(村上春樹の小説ではよくあることらしい)。
その「ドルフィン・ホテル」で、「僕」はある人物と再会。「踊り続けるんだよ」という、その人物の言葉に導かれるように、「僕」は様々な人物と出会っていくのだが…という話。
主人公はライターだが、なぜか「休暇」だと言って仕事をしない。ちょいとしたつまみを作ってビールを呑んだり、スパゲッティを食べたり、同級生だった「五反田くん」と一緒にステーキを食べたり、女を買ったり(!)…という悠々自適な生活。少女のおもりをさせられたり、謎の殺人事件に巻き込まれたり…まあ、いろんな「出会い」と別れを経験する。
読後感は、どうにも、なんとも言えない、整理できない感情だった。センチメンタルな感じだ。
私は主人公と年齢が近いせいもあってか、読んでいる最中に感情移入しすぎて、上巻を読んだ後はしばらくぼーっとしてしまった。自分と主人公であるところの「私」との区別がつかないというか、境目が曖昧というか…。現実世界に戻るのにちょっと時間がかかった。
そして、多用される現実なのか夢なのか分からない描写。昔なら、私は「これは何かの伏線だろう」「著述トリックでは」と思ってしまったところ。前述したとおり「慣れて」いたので、「ああ、村上春樹の小説ではよくあること」と思いながら読み進めることが出来た。
私なりの、村上春樹の小説を読む(というか楽しむ)コツは、あまり考えずにざっとストーリーを追うことだ。あまり意味を考えちゃいけない。いや、「答えがある」と思いながら読むと失敗する、というような意味で…。
村上春樹のエッセイも読んでみた。私はある同人サークルにたまに寄稿しているが、「ぶらりオタク旅」という同人誌を毎回出しており、旅行に関するエッセイを読みたかったのである。
まず「遠い太鼓」。これは、村上春樹がデビュー後、ギリシャに数年間移住したり、ローマやロンドンに移り住んだりしたことを記した滞在記であり旅行記である。その場所での料理や風俗、現地の人との交流、映画などを思う様語っているが、中でも多いのが料理に関する描写。少し長いが引用する。
私も何度かヨーロッパに行ったことがあるが、なぜかヨーロッパだと前菜でもけっこうお腹いっぱいになってしまう事が多かった。
イタリアなんかだと前菜の次がパスタで、パスタの次がメインの肉だったり魚だったりするが、やっぱりパスタを食べるともうお腹いっぱいになってしまう。だから、私はリストランテ(正式なレストラン)よりはトラットリア(大衆向けレストラン、日本風に言えば定食屋か)で、パスタだけ食べたり、逆にパスタを頼まないで前菜とメインだけ食べつつワインを飲んだり、なんてことをやっていた。
スペインも同じで、「パエリア」は前菜扱いらしい。だから、パエリアを注文するときは、友人同士でシェアして食べていた。
という、そんな、食に関することを読んでいてチラッと思い出す。
同じことは「雨天炎天」でもあった。
ここでは最初にギリシャのアトス島(またギリシャだ)の修道院を巡るのだが、ここではウゾあるいはウーゾというアルコール度数40%のリキュールが振る舞われる。同じ酒は「遠い太鼓」でも出てきたが、この「雨天炎天」のほうが出てくる回数が多いかもしれない。
ウゾは、あのアブサンやペルノと同じくアニスを使っているので、少し甘ったるい独特の香りがし、水を入れるとアニス由来の油分の影響で白濁するのが特徴である。少し度数が高いので、割って飲むのが良いと思う。
これと、「ルクミ」という非常に甘いゼリーのようなもの、そしてギリシャコーヒーが出るらしい。どういう修道院なんだか…と思った人はこの本を読むといいと思う。
文章は「遠い太鼓」に比べるといくぶんか真面目。
さて最近、ようやく文庫になった「ラオスにいったい何があるというんですか?」を読了した。文章の硬さは「遠い太鼓」と「雨天炎天」の中間ぐらい。ここでは、表題のラオスをはじめ、アイスランドやニューヨーク、フィンランド、そしてギリシャに再訪、果ては熊本に来熊(らいゆう、と読むそうだ)などなど、話題は多岐にわたる。
例えばフィンランドだと、クラシック好きな村上春樹らしくシベリウスや、フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキについて。ニューヨークのジャズバーでは、「もしタイムマシーンがあったなら」と題して、1954年のニューヨークに行って、「クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ五重奏団のライブを心ゆくまで聴いてみたい」と書いてみせる。
ああ、この辺が村上春樹なんだよな、と感じた。そりゃ、村上春樹自身の現在の満ち足りた生活に比べれば…と私は思ったが、その後に「もともと欲がない性格」と釘を差している。思えば、村上春樹の小説での主人公も、欲がなく日々をただ生きている人たちだったように思う(私は作品をすべて読んでないので、印象です)。
小説はともかく、それ以外にも魅力はある人なので、気になってみたら読んでみると良いと思う。私は、村上春樹については絶賛もしなければバッシングもしない。