赦すという罰

生徒にわいせつな行為をして教員が懲戒処分を受けたーーときおりこのような報道に触れることがある。そういう時には憤りこそするもののすぐにそんな報道がことなど忘れてしまう。これまでに何度も何度も同じような報道に触れてきて、悪い意味で慣れてしまっているからだ。だからその事案について深く掘り下げて考えてみることもない。実際にその教員と生徒の間に何が起きていたのか。加害者となった教員はどんな人でどんな人生を歩んできたのか。周りに友人や家族はどうしているのか。一体何を考えてそのような行為に及んだのか。
ためしに「教員 わいせつ」というキーワードで検索をかけてみる。そうすると次から次へと様々な事例が大量に出てくる。日本全国あちこちで教員による性加害事案が発生している。だが、関わる人間の感情面を排した報道の文章を読んでもそこで何が起きていたのかはよくわからない。
この手の「わいせつ教員」の裁判は何度か傍聴をしたことがある。もし発覚すれば教員という職業も社会的な信用も喪うことはもちろんわかっている。それでも彼は「わいせつ行為」を止めることができなかった。止めるタイミングはあったにも関わらず、彼は止めなかった。その時、彼の胸のうちにはどんな想いがあったのだろう。


「被害者が『会いたい』と言ってきました。被害者の通っていた高校の行事の帰りでした」
2人の再会のきっかけを作ったのは被害者だった。被告人は被害者が通っていた中学校の教員であり、被害者が所属していたバスケ部の顧問だった。2人が再会したのは被害者が中学校を卒業しておよそ半年後のことだ。
「人気のないところを選んで歩きました。そういう行動が不適切なのはわかっていました。でも、会うとわかった時にセックスまでは考えていませんでした」
考えていなかった、とは言うもののそれから2人は関係をもつ。
「その時、被害者は『緊張します』『少し怖いです』と不安な様子を見せていました。初めてだから不安なんだ、と思いました。安心させてあげよう、優しくしてあげようと思いました」
2人が会ったそもそもの理由は被害者が「テニスラケットのガット張り替えのやり方を教えてほしい」と被告人に連絡したからだ。被害者が進学した高校でテニス部に入っていた。だが被告人は「誰かに見られたらまずいと思った」ので「人気のないところを選んで歩きました」という行動を取っている。その一方で被告人は「その時はガット張りを教えるだけのつもりだった」とも供述している。
それから2人は「週に1回か2回」のペースで会うようになった。「時間的にも立場的にも外でデートなどは難しい」という理由で、会う場所はいつもラブホテルだった。
「被害者のことを恋人のように思っていました。もっと親密な関係になりたい、そうも思っていました」
と被告人は語っている。ではその関係は真摯なものだったのだろうか。
同じ年の12月、2人の関係は終わりを迎える。それまでのことが、被告人の配偶者にバレたのだ。被告人はこうも供述している。
「妻と離婚をすることは一度も考えませんでした」
次に証人として出廷していた被告人の配偶者が語った内容を記していく。

「夫とはそれまでにだいたい6年くらい一緒に働いてきました」
被告人の妻も教員だった。2人は同じ中学校で働く同僚だった。だから彼女は夫がどんな「先生」だったかもよく知っている。
「夫は、仕事面では人の意見をよく聞くタイプで他の先生とのコミュニケーションも円滑でした。先生からも生徒からも評判がよく慕われていました」
そして、今回の事件で被害者となった女子生徒のこともよく知っている。同じように被害者も、被告人の妻のことをよく知っている。
「被害者が中学校に通っていた時、被害者から話を聞いたこともあります。時間を取って3、4回話しました。被害者は夫に対する憧れや尊敬を口にしていました。それを超えることがしたい、特別扱いされたい、そんなことも言っていました。私が被告人の妻であることを知った上で、そういう話をしてきていました。妻としては複雑な気持ちでしたけど、その時は教員として相談を受けました」
被告人は妻の証言によれば「評判がよく慕われていた」先生である。同じような相談というのは過去に何度か別の生徒からも受けたことがあるそうだ。だが、今回の被害者となった生徒からは少し異質なものを感じていたという。
「被害者以外からも同種の相談をされたことはあります。でも被害者からは…何というか、年上の教員に対する憧れを超えた強い気持ちがあると感じていました」

彼女が2人の関係を知ったのは夫のスマートフォンをたまたま見てしまったからだ。LINE上で交わされたいたやり取り、それは互いの気持ちを確認し合うものだった。教員と生徒のやり取りではなかった。
彼女は夫に訊いた。
「もしも隠してることあるなら、話して?」
「……ごめん」
それで十分だった。その一言で何が起きていたのか把握した。それ以上、詳しい話は聞きたくなかった。おおよその想像はついた。もうそれ以上問い詰めるようなことはしなかった。
「あなたの人生の話だから、あなたが好きなようにしたらいい。…どうするの?」
「ごめん、家族と一緒にいたい」
彼女はそれを聞いて、3人で話し合いの時間をもつことにした。話したいことがあります、彼女から被害者にLINEでメッセージを送った。


待ち合わせ場所の喫茶店に訪れた被害者は青ざめた顔で、少し震えていたという。
そこで被告人から被害者に謝罪をした。もう関係は切る、そんな話もした。被害者はそれで納得している様子だったという。それから被告人を帰し、彼女は被害者と2人で向き合った。
「今回こうして来るのはすごく怖かったと思うけど、来てくれてありがとう」
その時の彼女の胸の内がどんなものだったか。いろいろな感情が渦巻いていたはずだ。だが彼女はそんな感情に蓋をした。1人の教員として、1人の大人として、まだ15歳の子どもを教え導くことを優先した。
「君のことはすごく好きな生徒の1人だったから、こういう形でこういう話をするのはすごく残念に思ってる」
目に涙を浮かべた被害者は小さく頷いた。震えはおさまりそうにない。
「人と人を繋ぐのは、信頼っていうすごく脆くて細い糸だけなの。大切にしないとこの糸はすぐに切れちゃう。これを蔑ろにする人は絶対に幸せな人生は歩めない。あなたには幸せな人生を歩んでほしい。隠さないといけない関係、誰かを裏切るような関係、そんなものはきっといつか壊れる。そういう生き方はもうしないで」
優しく優しく説いた。怒りも悲しさもあった。でもそれ以上に、目の前にいる怯えて震えている女の子が可哀想で仕方がなかった。
この3人での話し合いを経て、すべてが終わったかに思えた。
しかし翌年4月下旬、彼女は被告人から短い連絡を受けた。
「処分の対象になることが決まった」
2人の関係は、切れていなかったのだ。

ーーあなたの里帰り中、自宅でも関係を持っていたと聞いた時はどんな気持ちでしたか?
「衝撃、でした。悲しいなんて言葉では言い表せません。私たちは学校という狭いコミュニティーで、いろんな人たちに支えられてきました。それらをすべて裏切った夫に強い怒りを感じてます」
ーーどんな気持ちで被告人質問を聞いていましたか?
「どういう気持ちで受け答えしているのか、考えながら聞いていました」
ーー辛かったですか?
「もうあまり…考えたくありません。この先一生忘れることはありません」
ーー今後の夫婦関係はどうしますか?
「もう信頼関係は完全になくなったので…離婚は考えました。でも今は離婚は考えていません。今回のことがあってたくさん考えました。家族として、過ちを犯した時には共に乗り越えていきます。もし離婚をすれば夫は今回のことを後悔すると思います。でもそれは一時的なものに過ぎません。夫は職も信頼も喪いました。今後もずっと家族でいるということが、彼にとって責任を取ることになるのだと思います」
ーー被告人は今回のことをどう受け止めていると想いますか?
「逮捕される前から後悔はしていました」
ーー夫婦でお話はされましたか?
「私たちのどこが悪かったのか、どこで道を間違えたのか、たくさん話し合いました」
ーー被告人のどんなところが悪かったと思いますか?
「夫は相手の立場も気持ちも考えず、自分の欲望だけを優先しました。相手が未成年であるにも関わらず思いやりも配慮もなく、自分の気持ちを押し通しました」
ーー100万円の贖罪寄付は夫婦のお金ですよね?
「はい、そうです。本当は被害者に受け取ってほしかった…」
ーーお子さんがいますよね?
「はい。上が3歳で下が1歳です。父親が勾留されて不在なので、『パパはどこ?』と不思議がっています。子どもにとっては、良き父親なんだと思います」
ーー被告人に今後考えてほしいことはありますか?
「私たちの子どものうちの1人は女の子です。この先、この子は被害者と同じ年齢になります。その成長を親として見守った時、はじめて彼は自分のしたことの本当の罪の重さを思い知ることになります。それをしっかり実感してほしい。彼のしたことは、時間が経っても絶対に赦されることじゃない」

被告人は起訴された後、取り調べの場で「真摯な交際ではなかった」「遊びで傷つけてしまった」と供述している。
では彼にとって「真摯」とは一体どういうものなのかだろうか。傷ついているのは被害者だけではない。周りにいるすべての人を裏切り傷つけている。発覚してしまえばすべてが終わる。そのリスクだってわかっていたはずだ。そして実際に発覚したにも関わらず彼は「遊び」を止めなかった。
彼は懲戒処分を受け教師という職を失った。職だけでなく、多くのものも失った。これからも彼はずっと「遊び」の代償を払い続ける。


最後に被害者意見陳述を短くまとめたものを載せておく。
「2人の子どもの父親であり、かつ教師という立場にありながら、一度発覚して『もう会わない』と約束したにも関わらず懲りずに繰り返すその卑怯極まりない生き方は絶対に許せません。娘から聞いた話ではそこに恋愛感情はなく、ただ性慾の発散に利用されただけだということです。最大限の罰を受けることを望んでいます。そして、今後絶対に被告人には教育に関わらないでほしいです」
判決は傍聴していないので彼にどんな判決が下ったのかは知らない。検察官の求刑は「懲役2年6ヶ月」というものだった。おそらくは執行猶予付きの判決になったのではないかと思う。
執行猶予付きであれば当面は罰が科されることはない。だが「真摯」であることを知らないままに生きてきたということ、それ自体がすでにある種の「罰」なのではないか、そんな気もする。
「今後もずっと家族でいるということ」、彼はこの先に一体何を見出すのだろう。


いいなと思ったら応援しよう!