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【東京の暮らし#3】渋谷のマッサージ店

最近、渋谷に行かなくなった。
路線的に渋谷より新宿の方が出やすく、買い物や飲み会なども新宿だけで事足りてしまうため、人がごった返った渋谷には、何か理由がない限り行かないようにしている。

上京してすぐ20代の頃は、渋谷3丁目にあるオフィスに勤務していた。

とあるWEBサイトのリニューアル案件を担当していた私は、仕事に忙殺されいつも終電ギリギリまで働いた。

2016年当時の渋谷は、どこもかしこも再開発で建設工事をしていた。

この街はどう変わるんだろう?と横目で見ながら終電に乗り込むため、駅まで全速力で走った。

工事の都合で、昨日までは通れていた道が急にルートが変わって通れなくなることもしばしばあった。

階段を登っては降り、地下通路に入っては地上に出て・・・

直線で行けばすぐ井の頭線に着くはずなのに、私は何をさせられているんだ。

渋谷は今でも迷路のよう。
永遠に何かを開発し続けている。

当時、あまりにも疲れた時には、メンタルを壊さないように、マッサージに行くことを自分に許していた。

よくある、60分2980円のチェーン店だ。

駅近で、値段も手頃、スタッフの腕もまぁまぁ。

薄暗い部屋に、気持ち程度に漂うアロマの香り。どこかで聞いたことがあるジブリ音楽(オルゴールVer)が流れ、私は店の思惑通りに簡単に眠りに落ちた。

いつも指名せずに、その時々でついてくれる人にマッサージをお願いしていたが、ある日とんでもなくちょうどいい指圧スキルを持つマッサージ師に当たった。

漬物石でもしょって歩いてんのかい!というくらい、過度なデスクワークで生まれた私の重たい肩や腰を揉みほぐし、軽くて心地よい体に戻してくれた。

リラックスして寝落ちし、施術が終わった頃には頭も体もスッキリである。

施術後、部屋が少し明るくなった。
よく見るとイケメンのマッサージ師がそこにいた。

目を瞑っている事が大半のマッサージにおいて、顔のかっこよさなど1ミリも関係ないがイケメンがほぐしてくれると知れただけでも少し得した気がした。

(いつか、イケメンを集めてマッサージ店を経営してみたい・・・とアホな事を考えていたら、数年後、世にはファンタジーマッサージとやらができていた。いつでもビジネスは甘くない。)

マッサージは人によって合う合わないがある。

イケメンということより、私に合うマッサージスキルを持った人間がこの店にいる事が素直に嬉しかった。

今まで数多くのマッサージ店で施術を体験しているが、この人最高!と思えるマッサージ師は少ない。

私の中には3人しかいない。

まさかそのうちの1人に、60分2980円の店でエンカウントするとは。

財布の中で邪魔にしかならない断っていたスタンプカードをはじめて作った。

そしてホットペッパー予約からこのイケメンマッサージ師を毎回指名するようになった。

大した会話はしなかったが、いつも帰り際に、「今日はだいぶお疲れでしたね。リラックスできましたか?」と他愛のない会話をするだけで癒やされた。

いつも軽やかな手つきでガチガチの体をほぐしてくれた。

半年ほど通ったある日、いつものごとく施術後に他愛のない会話をしようとしたところ、マッサージ師から突然の別れを告げられた。

周辺の再開発の影響で、マッサージ店が翌月に閉店するらしい。

通い慣れた安定の場所がなくなると聞いて、ショックだった。

チェーン店なので、渋谷には系列の店が他にもあるが、この場所と雰囲気、そしてこのマッサージ師が私にとってちょうどいいのだ。

また、マッサージ師は閉店を機に退職すると言った。

店のルールで既存顧客に具体的な転職先を伝えていけないらしいが、常連だった私には「ちょっと値段も高くなるんですけど・・・」と申し訳なさそうに転職先のショップカードをくれた。

書かれていたのは、港区白金の個人サロンだった。

60分2980円のチェーン店から、白金のサロンとは栄転である。

私は、「絶対に行きますね!」と言って、今まで一度も行っていない。

マッサージをするためだけに、白金のサロンへ足を運ぶのは勇気がいる。

お値段も60分で1万超えてしまう。

行く前も後も肩が重くなりそうだ。

マッサージ師とは一期一会。

短い癒やしと、悲しい別れだった。

彼はまだ白金で働いているだろうか?






気づくと2024年。


よく仕事帰りに通ったダイコクドラックや本屋は綺麗さっぱり消え、巨大なランドマークの渋谷スクランブルスクエアができていた。

あの頃通ったマッサージ店を懐かしく思い、同名の系列店をインターネットで探してみた。

60分3980円になっていた。
マッサージも値上がりするんだな…


今もあの店のスタンプカードは財布に入ったままだ。


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