2024年NHK大河『光る君へ』の鬼やらい
【現代語訳】大みそか(寛弘5年(1008年)12月30日)の夜、追儺(鬼やらい)が早く終わったので、お歯黒をするなど、ちょっとオシャレしようと、くつろいでいたら、弁の内侍が来て、世間話をして寝てしまった。
───そして事件発生!
───御前のかたにいみじくののしる(中宮様の方で大声を立てている)
【現代語訳】(何が起きたのか見に行こうと)寝ている弁の内侍を荒っぽくたたき起こして、私(紫式部)、弁の内侍、内匠の君の3人は、(寒さと恐怖に)3人してブルブルと震えながら、足が宙に浮いた(地につかない)有様で行ってみると、裸の女房が2人いた。靫負の君と小兵部の君であった。こういうことだったのかと状況を把握して、(さっきまでここに強盗がいて、まだ近くに隠れているかもしれないと思うと)ますます気味悪く思った。
【現代語訳】 元日の装束は盗られなかったので、何もなかったようにしてるが、私は2人の裸姿を忘れられず、(宮中から鬼を追い出す儀式の直後に、宮中に鬼(盗賊)が入るとは)恐ろしくもあり、おかしくもあった。
>裸姿は忘られず
この件や『紫式部日記』冒頭の文通の件やらで、「紫式部は同性愛者だった」とする学者がおられる。失礼ながら、
「真面目に論文を書いて学会で公表したんですよね?」
とお聞きしたい。もちろん、真面目に論じられたとは思いますが、この件に関しては、平凡な日常生活において、「強盗が入った直後の事件現場で、第一発見者になり、襲われた2人の女性の裸身を見た」という非日常的経験の映像は衝撃的で、誰であっても一生忘れられない記憶になると思いますよ?(『光る君へ』で、『紫式部日記』に書いてあるように全裸だったら、「え~、まさか、ここまで史実に忠実とは!」と「大河ドラマで忘れられない衝撃シーン トップ10」にランクインしたと思いますが、2人共小袖を着てました;)
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