碑陰を読む。

ひ‐いん【碑陰】 ①石碑の裏面。 ②石碑の裏面に記した銘文、金石文。

「鎌倉街道之跡」の碑。
碑陰は、阿仏尼『十六夜日記』の一説。

　いさよいの日記抄
八橋にととまらんといふ　くらきに橋も見えすなりぬ
　ささかにのくもてあやふき八橋を　夕くれかけてわたりぬるかな

○表：愛知縣名勝　八橋傳説碑
○裏：　　　　　　　　　五島茂書
　　　から衣　
　　　　きつ〃なれにし
　　　　　妻しあれば
　　　　　　　　はるばる
　　　　　　　　　　　　来ぬる
　　　　　　　　　　　旅をしそ
　　　　　　　　　　　　　おもふ　
　　　　　　　　　　　　　　業平朝臣

※五島茂（1900－2003）：歌人、経済学者。歌人・五島美代子の夫。
※杜若姫入水伝説の池にて
　野の池のにごりに晴れし日があたり　恋ひて身を投げし伝説伝ふ　茂
　わすれえぬ人のおもかげこきむねに　むらさき深くゆらめきし花　美代子

　伝に曰く　八橋は古より杜若の名所として業平朝臣の旧蹟として世に其の名を知らる。朝臣は元慶四庚子年五月二十八日東に於て卒し給ふ。遺命により寛平壬子年五月十五日分骨と御自作なる自身の肖像を無量寿寺へ御下賜ありたり。当地の西方古の入江に臨む一堆の高地に老松両三株ありて古代の風を存す。此に五輪塔あり。之れ朝臣分骨の墳墓なり。銘に曰く、寛平四年五月とあり。俗に「いぼ神」と称ふ。此の石塔の中程凹みたる所、常に清水あり。此の水を病所に霑（うるお）せば、霊験殊に著しく「いぼ」治ゆるが故なり。此の付近を五輪と字す。此の辺、昔、無量寿寺の境内なりしが、寺制変革後、共有基地となりたり。信仰的に考古学的に此を訪ふもの多し。

※正しい疣取り方法：業平五輪塔の水を無量寿寺の（心身健やかに、知恵が授かり、雷災を除くという）在原業平立像にお供えして、ご祈祷後に疣に塗ると取れる。

　さて、話は変るが、知立は徳川家康の側室・於万の方（小督局）の出生地である。具体的には「永見氏居館」で生まれた。私は、「永見氏居館」を知立城だと思い込んでいたが、総持寺に「於萬之方誕生地」碑があって驚いた！

「於萬之方誕生地」碑でさらに驚いたのは碑陰である。

○表：徳川秀康之生母　於萬之方誕生地
○裏：田原城主・戸田宗光は、藤原氏三条内大臣公保の末葉と称す。宗光五世の孫・尭光、田原城主たりし時、天文16年8月、松平広忠の子・竹千代、今川義元の為に人質と成り、駿河に赴く。途中、宗光、竹千代を強奪して、織田信秀に送る。義元、怒て田原城を攻む。9月5日辰の刻、城、陥る。尭光、城を脱し（後略）

　学者は「戸田尭光は、今川義元の田原城攻めの時に、父・戸田宗光（康光）と共に自害」とする。地元・田原の史料では、「戸田宗光（康光）は自害し、叔父・戸田光忠は。戸田宗光（康光）の首を持って、子・戸田忠次と共に田原城を抜け出し、西円寺（田原市野田）に戸田宗光（康光）の首を預けると、船で上宮寺（岡崎市上佐々木町）に逃げ込んだ（三河一向一揆の時、上宮寺を焼いて徳川方につく）」「戸田尭光は、田原城を抜け出し、船で逃亡。その後、消息不明」とされている。（後掲の16年後の今川氏真の長興寺（愛知県田原市大久保町）宛安堵状にも「戸田孫四郎今渡海之刻」とある。）

★上宮寺公式サイト
https://jyoguji.com/

　　戸田憲光─┬政光─康光【田原戸田】─尭光【船で逃亡。消息不明】
　  【河和殿】├光忠─忠次【伊豆下田】─尊次【田原城主】→宇都宮戸田氏
　　　　　　  └繁光─守光【尾張河和】
　　　　　　　　　　　├光康【尾張徳川家家臣・水野氏】
　　　　　　　　水野信元（於大の方の兄）の娘

　私なりに「戸田尭光のその後」を調べたが、分からなかった。逃亡先があるとしたら、「河和殿」と呼ばれた曽祖父・戸田憲光の隠居城である河和城（愛知県知多郡美浜町河和西谷）くらいかと思う。戸田守光は、水野信元の娘と結婚し、生まれた光康は、「戸田」を棄て、水野光康と名乗った。
　学者は「戸田尭光のその後」については、私同様、調べても分からなかったのか、田原城攻めの時に自害したと思い込んで調べていないのか、触れていない。ところがところがである。なんとなんと「於萬之方誕生地」碑の碑陰に「戸田尭光のその後」について書かれていた！！　そして、その内容には衝撃を受けた。「碑陰を読むことは重要だ」と思った瞬間であった。

参考：永禄5年（1562年）6月17日長興寺宛今川氏真判物
（前略）戸田孫四郎、今、渡海之刻（後略）
（戸田孫四郎尭光が渡海した時、住職が内通したので寺領を没収したが、門派の僧侶たちが「住職とその徒党を追い出すので、寺領を返還して欲しい」と田原城代・朝比奈肥後守元智を通して訴えてきたので、返還する。）
　　　　　　　　　　　　（『田原近郷聞書』34コマ/『豊橋市史』5-121）

★参考記事
「三河戸田氏の謎」
https://note.com/sz2020/n/n92b554d25b28
「徳川家康の側室・小督局」
https://note.com/sz2020/n/n0d400ab52e25
「知立神社の神主家・永見氏 」
https://note.com/sz2020/n/nc84d628c2826