意味のある毎日は寧ろ恐ろしい。乖離する理想をカムチャツカの若者に押し附ける。
指先に使い回されたセンチメンタルで扉を開けたり、同じ色をした朝食を摂ったり、静電気みたいな毎日だ。皮肉にも強い刺激は死に至るとか。
呼吸は詰まってない、つまらない毎日、此の不満が火薬に成ったりするんだろうか。
降り積る焦燥が酷くもどかしい。「灰色の毎日!」さえ綺麗事だ。
プレイリストに更新は無い。
暈やけた儘の心で、今日も中途半端な奇跡の幸福を享受している。
唯、音も無く過ぎた飛行機の姿を妙に覚えているだけの生活だ。

電鈴が鳴る、自我の鍵を開ける音が聞える。
聲を亡くして迎えた昼時、陽が斜め前から刺す。
苔を踏む猫、空気の透き影、薄玻璃を横目に階段を上る。仲を持つ人々を避ける為。
冷たくて、少し重い、屋上への道を、そっとひらいて───。

先客。屋上には、高らかに、且つ、囁かに、歌をうたう少女が居た。私より身長が高い。
手にギターを持つ指先は磨かれた様に陽の光を吸い、風を受け止めて、季節を抱き締めている。
強風に吹かれている髪は、生きているみたいに繊細で、砕けた硝子の破片の様だった。
「どしたの、君。」
「あ」
不意の三画、何かの始まり。何時の間にか段差を降りて、眼は腕二本分前。
「一年、一人?」
空と手を繋ぐ明るい身を揺らし、其の色は春の七草宛ら。彼女の眼は、私達の肌身以上に青かった。
「はい、あの、邪魔でしたか」
「嫌、全然、私孤独りだしさ。」
言葉と共に、微笑みを絶やさない壹六零数cmの輪郭は近付いて来る、一先ず近くへ腰掛ける。

「…あの、好きなんですか、音楽。」
程良くも無い沈黙、たったの一人とさえ渡合えないと思って仕舞う己が癪になり、何となく会話を続けていた。
「…あ〜…嫌、好きだよ、音楽」
「然うですか。」
…普通に会話が下手だと気附いた、もっと癪だ。
「あの〜、さ、その、何処迄聴いてた?」
含ませ気な前述は此の為だったらしい、彼女の瞳は揺れている。
「二十秒弱は聴いてたと思います」
「うえ〜、ドア閉まる音で判ったけどとっくにダメだったかぁ〜…」
其れは、周知に因る羞恥の其れらしい、耳元から仄かに紅かった。
「何で、歌ってたんですか、此処で」
「此処で歌うのが好きなんだけどさ、殆ど人居なくて、風気持ち好いし。」
「其処へ私が来たと」
「まさか私以外に屋上を使う者が現れるとは…」
「やっぱり邪魔でしたか、私」
「嫌々、君もこう言う場所が好い口でしょ、寧ろ仲間って言うか」
「はあ」
尻窄みに聲は消えて行った、僅か数分は不思議な距離だった。こんな卑屈の孤島にだって上がって来た。
昼食を摂る時間と言うのさえ忘れて居た。
少し、真ん中に皺の入った焼そばパンの包装を開けた。

何時しか呆然と隣に座って居た金髪の彼女が、ふと瞬きをして、身を前のめりにして壹つ問う。
「然う言えば、君、名前何て言うのさ。」
       アゼリ  シユ
「哀芹です。哀芹 秒針です。」
「ワオ、漢字が想像出来ない」
「下の名前は秒針って書いて下さい」
「珍し」
「先輩は、と言うか、勝手に先輩だと思ってますけど何年なんですか、多分先輩でしょうけど。」
  カセキ  スズナ
「佳寂 菘。一応三年、宜しく。」
「ん、ふぁい」
「焼きそばパンに口付けながら言うと全然覇気無いな」

まるで異星人だ
南南西から光を帯びてやって来た様にナイーブで
アルカホリックな地に未だ背筋を伸ばして立っているのが不思議な位に
輝いている
太陽を取り込んでいる
夢と同じくして何時の間にか消えて仕舞う
近かったり遠い生命
そんな気がしたりした

予鈴、昼休みも終りを迎え、都合良い風が凪ぐ。
「じゃあ、此の辺で。」
「ん、具体的に何とは言わんけど頑張れ。」
ゆっくりと、然し足早に、階段を下って行った。
厚い扉の音が、強い風の所為か、妙に響いた。
緩く秀麗な眼が、久しい話し相手の所為か、妙に記憶に残留した。

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