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『初春神嫁噺』発売記念SSその2
2025年1月22日、『初春神嫁噺(はつはるかみよめばなし) 舞姫は十二支様のおもてなし役』が発売されました!
【あらすじ】
舞で迎えた護国の神をもてなす環姫役。それを神域でこなすタマの役目も、十二年目の今年でおしまい。
出会った頃から変わらない美貌の守護役ミケとの別れは悲しくとも、役目を引き継ぐ少女たすきを心待ちにしていた師走のある日。
彼と共にたすきに会った彼女は、自分の失言のせいで嫌われてしまって!?
さらに護国の神である亥神とミケの様子もおかしくなり?
たすきちゃんとの仲を改善中に、なぜか亥神様は口説いてくるし、ミケ様は甘やかしてくるし……。
もうお別れなのに、苦しくなるばかりです!
恋に戸惑う舞姫と神々が織りなす和風ラブファンタジー。
【発売記念SSその2:本編後日談】
――ああ、永かった。
子神と呼ばれる十二支の一柱たる男神は、そうひっそりと安堵の息を吐いた。高天原の頂点に坐す大御神から賜りし役目の一つをようやく果たせたのだと思うと、文字通り肩の荷が下りたような気分だった。
十二年に一度、御社に降りてくるたびに、「きみねぇ、いい加減にしたらどうだい」と苦言を呈したくなるのを耐え続けて、幾星霜。
その相手である“いい加減にしやがれこの野郎”は、今、子神の視線の先で、それは嬉しそうに笑み崩れている。
長い付き合いの中でも見たことのない顏だ。
「ミケ様、申し訳ございません。もう少しお待ちくださいね」
「うん、ええよ。ゆっくりでええから、針を刺さんようにな」
「……さすがにこれくらいはちゃんとできます」
「うんうん、そうやなぁ」
「信じてませんね? 私、これでも、お着物だって反物からちゃんと……」
「うんうん、解っとるえ」
「…………もういいです……」
聞いているのか聞いていないのか、どちらなのかまったく測りかねる調子で頷くミケを前に、つい先日、何にも代えがたき尊き女神とその身を変えた娘であるタマが、しょんぼりと肩を落とす。
そのほっそりとした手が抱くのは、ミケが常日頃から羽織っている外套だ。
その取れかけた釦を、タマはちくちくと丁寧に縫い付けている。
その一挙一動を、それ以上口挟むこともなく、ミケはただ笑みをたたえて見守り……ああほら、口は挟まずとも、手を出し始めた。
手元の針仕事にすっかり集中し切っている娘の、その背に流れる豊かな玄の髪を、ミケの手がたわむれにすくい上げたり、指に巻き付けたり、ゆっくりと梳いてみせたりと、なんともまあやりたい放題である。
いくら本人が気付いていないからと言っても、さすがにうら若き乙女の御髪にそれはちょっとどころではなくどうなのだろう。
想いを通わせ合った夫婦なのだからと反論されるかもしれないが、時と場所と場合を考えなさいと諭すくらい許されるのではなかろうか。
いや、ここはむしろ、タマの警戒心が薄すぎることを問題し、彼女の方を叱るべきか。
大方、この十二年間で、ミケがタマの性質をそういう方向性に向かうよう仕向けてきたという理由が多くを占めるのだろうが、いやいやそれにしても。
たすきが先ほど、「お茶の準備をしてまいりまする」と席を立ってからタマに手を出し始めたあたりはまだ自制心があるようだが、だからといって同席しているこちらをまるっきり無視してくれているというのはいかがなものか。
……まあいいけれど。
もとより向こうはこちらを十二支の中でもいっとう嫌ってくれているので、これはむしろわざと見せ付けてきているのかもしれない。つくづく大人げない男である。
――今までの環姫役の娘達も、哀れなものだ。
タマが“月読の君”と呼ばれる女神として、ミケの花嫁として選ばれるまで、この御社に入内してきた少女達。
彼女達の多くが、少女から娘となり、その心を幼子から乙女へと成長させていく過程で、気付けばミケにそのやわくうつくしい心を奪われていったのだという。
この男のどこがいいのかと心の底から謎なのだけれど、そこはそれ、人の心とは複雑怪奇で摩訶不思議なものだから、仕方がないのかもしれない。
――それなのに、裁彦は、誰も選ばなかった。
涙を流して去っていった今までの環姫役達の想いなど、きっと、知りもしない。知ろうともしない。
それらはもはやミケにとって過去だからだ。
思い出にすらなれないことを知った娘達の悲痛な涙を、子神は幾度となく目にしてきた。
――――期待すら、させていただけないこと。
――――その残酷さが、裁彦様の優しさです。
数代前の環姫役が、役目を終えてこの時不知山を下りるときにそう言って笑ったことを、不意に思い出す。
なるほど、確かにそうかもしれないと子神は奇妙な感心を覚えたし、同時に。
――きみたちも、裁彦を選ばなかったね。
――きみたちも、ずっと、残酷だったよ。
初めから期待することを諦めて、ミケに手を伸ばそうともしなかった娘達では、どちらにしろ駄目だったのだ。
――そう、だから。
――最初から、こうなる流れだったんだろう。
子神の視線の先では、相変わらずタマが真剣な表情で繕い物を相手にしていて、その隣で気付かれないのをいいことに、彼女の髪をミケがもてあそんでいる。
その金色の瞳は、甘くとろける蜂蜜でもありながら、恋慕に燃える炎でもある。
――よかったね、裁彦。
――よき娘御に、きみは選ばれたんだ。
そう、ミケは自ら選んだばかりではない。
ようやく彼は、選ぶと同時に選ばれたのだ。
その幸福に酔いしれる姿に、古くからの知己として心からの祝福を贈ろう。
自分は世辞でも彼との関係が良好なものだとは言えないが、それでも、目の前でこんなにも愛しげにタマの髪に口付けを落とす浮かれた姿を見たら、もう嫌味を言う気にもなれない。
その上で、あえて言うのであれば。
「月読の君」
「はい?」
「裁彦が嫌になったら、いつでも僕のもとに来てくれて構わないよ。大歓迎しよう」
「え?」
「あ?」
きょとんとタマが瞳を瞬かせ、即座にそんな彼女を引き寄せたミケの瞳が剣呑に光る。
二つのまなざしを受け止めて、子神はにっこりと笑った。
「月読の君を、そう簡単に独占できると思ってもらっては困るというものだよ?」
これは十二支の総意であり、詰まるところの戦線布告である。
そう、ミケが選んだ月読の君という存在の魅力に抗える者など、神にも人にもいないのだから!
「……は、上等だぜ」
「ええええ? ミケ様? 子神様?」
それが解っているに違いないミケは不敵に笑い返し、何も解っていないタマは、彼の腕の中で首を傾げるのだった。
【書籍情報】
タイトル:初春神嫁噺 舞姫は十二支様のおもてなし役
作者:中村朱里
イラスト:ノズ先生
レーベル:一迅社文庫アイリス
出版社:一迅社
発売日:2025年01月22日
定価:790円(税込)
判型:文庫判
ISBN:9784758097017
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