【ダムとディーの見分け方】
王宮筆頭魔法使いエギエディルズ・フォン・ランセント――ではなく、青菖蒲宮所属の騎士エディルカ・ヴィンスが、高位神官にして王弟でもあるクランウェンの護衛役となって数日。
黒蓮宮勤めの証である黒のローブよりも窮屈極まりない、王宮騎士団の証である青のマントにも慣れてきた頃のことだ。
エディルカ……いいや、エギエディルズは、黒のローブをまとっていたときよりもあからさまに感じるさまざまな視線に、いい加減辟易もしていた。
本来の黒髪を晒していたときには、誰もが自ら懸命になって目を逸らしていてくれたというのに、この金髪のカツラを被るようになってからというもの、まあどいつもこいつも遠慮なしにじろじろとエギエディルズのことを見つめてくれる。その視線ににじみ出るのは、好奇、情景、嫉妬、そのほかもろもろ、実に解りやすくも面倒くさいものばかりだ。
時折ふとここでこのカツラを取り払ってみせたら、彼らはどんな顔をするのだろうという好奇心が刺激される程度には、とにかくエギエディルズは辟易していたのである。
自らの見目の良さというものは理解しているつもりであるが、それにしてもここまでとは思わなかった。生まれてこの方、人生というものにおける大きな重石となっていた純黒と呼ばれる黒髪は、自身のことをある意味では守っていてくれたことを改めて思い知る。別段ありがたくはないが。
正直なところ、そんなことはどうでもいいことだ。自分のことを真実想い、また自身が真実想う面々は、黒髪など関係なしに、自分のことを見てくれる。たとえこの髪が黒であろうと、金であろうと、赤であろうと、茶であろうと、いっそ女神の愛し子と名高い姫君と同じ白銀であろうとも、彼らは必ず、何のためらいもなく、自分に手を差し伸べてくれるに違いない。
そういう確信があるからこそ、余計にこのエディルカの姿の自分に対して、文字通り手のひらを返して秋波を送ってくる人々にうんざりしてしまう。
クランウェンが他の神官達と共に此度の大祭についての会合に臨む中、いくら護衛役であるとはいえ神殿の機密事項が飛び交うその場に同席する訳にはいかず、会議室の外に追い出されて扉の前で待機していると、余計にそういう視線を感じるのだからまったく面倒くさい。
そもそも、神殿における神官達の誰が敵で誰が味方なのか解ったものではないと自分で言っておきながら、その敵か味方かも解らない面子に囲まれて会議など、一体どういうつもりなのか。
自分がクランウェンの護衛役となったのは、必要にかられてに過ぎず、クランウェンのためではなく、正確に言及するならば、妻であるフィリミナのためだ。
だが、だからと言って、護衛役という役割を放り出すつもりは、一応ない。繰り返すが“一応”、任じられた職務をまっとうするつもりではある。最終的にフィリミナかクランウェン、どちらを選び守るのかと問われれば、前者に決まっているだろうと間髪入れずに即答できるのは確かな話ではある。しかしそれはそれとして、クランウェンのことをはなから放り出すつもりはないのである。
だからこそ会合にも同席すると主張するエギエディルズに対し、その護衛対象ときたら「大丈夫、大丈夫。適当にフィリミナと待っていておくれ」ときた。何が大丈夫なのか。まったく大丈夫ではない。いくらエギエディルズが真面目に守ろうとしても、守られるべき当人に守られる気がないのならばどうしようもない。
やはり今回の件はどうにもきな臭い。何か裏があるような気がしてならない。個人的に調べも進めているとはいえ、まだ決定打には至らない。
何かこう、確定的な証拠さえ手に入れられれば、自分は晴れてフィリミナと共に、それぞれ護衛役と世話役の任を離れられるというのに――……。
「あの、エディルカ様、エディルカ様?」
くいくい、とマントを引っ張られ、はっとエギエディルズは息を飲んだ。自身がすっかり思考に没頭し切っていたことに遅れて気付く。気遣わしげにこちらを呼ぶその声に隣を見下ろすと、つい先刻、クランウェンに乞われて会議室に休憩のための茶を運び入れ、そのままとんと戻ってこなかった、エギエディルズ・フォン・ランセントが妻たるフィリミナがそこにいた。
そのほっそりとした手でエギエディルズのマントをつまみ、小首を傾げてこちらを見上げてくる彼女を見つめ返せば、彼女は心配そうにその眉尻を下げた。
「怖い顔をなさっておいでですよ。わたくしが席を外している間に、何かございましたか?」
「いや」
そんなことはない、と、かぶりを振る。別に何もない。ただ向けられる視線がわずらわしかっただけで、それ以上でも以下でもない。あとはつくづくクランウェンという人間が怪しまれてならず、何を考えているのかと苛立っていたにすぎない。
そうだとも。今回の会合において、いくらフィリミナが世話役であるとはいえ……いいや世話役であるからこそ、わざわざフィリミナが会合に出席する面々全員に茶を用意しもてなす必要などなかったはずだ。
にも関わらず、わざわざフィリミナを指名したその真意とは。
「……嫌がらせか?」
「はい?」
きょとんとフィリミナが瞳を瞬かせる。その幼い少女めいた仕草にぐっと胸が詰まるような感覚を覚えつつも、エギエディルズは自身の先ほどの『嫌がらせ』という単語にやけに納得していた。なんとなく無意識に飛び出た単語ではあったが、なるほど言い得て妙である。
クランウェンは、出会ってから今日に至るまで、「退屈は嫌いだね。面白いことが好ましいよ」と自ら語ってはばからない御仁である。エギエディルズの心を掻き乱し、フィリミナを慌てさせることを、自身の娯楽と定めている節がある。
そう思うとやたらと腹が立ってきて、もういっそのことこの場を辞してやろうかとすら思えてくる。
エギエディルズのその思いは、何も不思議なことなどない、ごくごく当然の反応だ。クランウェンとて、「適当にフィリミナと待っていろ」と言っているのだから、その言葉に従って、フィリミナと二人きりになれる場所に移動しても何一つ問題はない気がする。
そう思ってみると、ぱっと胸が晴れるような思いだった。
「フィリミナ」
「だめです」
「……まだ何も言っていないだろう」
「そのお顔を見れば解りますわ。職務怠慢、職務放棄はご法度ですよ」
「…………」
思わず口を噤む。ぐうの音も出なかった。基本的にはエギエディルズ以上に真面目に生きている妻らしいお言葉である。
エギエディルズはフィリミナのためを想い、彼女を中心にして生きているが、フィリミナがエギエディルズに対してそうであるのかと問われると、決してそんなことはないのだ。それがこんなにも切なく、そして寂しくてならない。
けれどそれをそのまま表に出すのはどうにも情けなく、悔しくてならなかったから、エギエディルズはむすっと唇を引き結んでそっぽを向いた。あらあら、と、苦笑する声が上がる。
「エディルカ様」
「どうせ俺は不良騎士だ」
「もう、拗ねないでくださいな」
「拗ねてない」
「まあ、さようですの?」
「ああ」
「残念ですわ。もしよければご機嫌直しに、この場でお茶でもと思いましたのに」
「……なんだと?」
エディルカ・ヴィンスの容姿から、注目を浴びているのは解り切っていたことだったからこそ、密やかに交わしていた会話の中で、思わずエギエディルズは声を大きくした。
ざわりと色めき立つ周囲に若干引きつりつつも、フィリミナは、ふふと微笑んで、片手に下げていたバスケットを持ち上げてみせた。気付かなかった。驚きに朝焼け色の眼を瞠らせるエギエディルズに、フィリミナは更に得意げに笑みを深める。
「クランウェン殿下方のお茶のご用意とともに、わたくし達の分も用意することをお許しいただきまして。疲労回復の効能があるとされる薬草茶の水筒と、片手で食べられる焼き菓子です」
いかがですか? と小首を傾げるフィリミナに対する返答など一つしかない。差し出される水筒に自然と手が伸びそうになる。
けれどここで素直に受け取ってしまうのは、やはりどうにも悔しくて、ぐぬ、と、唸るエギエディルズに、フィリミナはころころと笑った。
「朝食も昼食も摂ることが叶わなかったわたくし達に対する、殿下からの御厚意です。いただきましょう?」
まさかクランウェン殿下の御厚意を無碍にするわけにはいきませんから、と、フィリミナはエギエディルズの手に水筒を押し付けてくる。そんな言い方をされてしまったら、エギエディルズにはもう断ることなどできない。
いつもこうだ。いつだってフィリミナは、優しくエギエディルズの逃げ道を封じてしまう。それが嫌なわけではなくて、むしろ心地よいから余計にタチが悪い。
押し付けられた水筒をごまかすように口に運ぶと、果汁とはちみつが入っているらしい薬草茶の、甘酸っぱく香り高い味が口の中に広がった。忘れていた喉の渇きを思い出す。今度こそ素直に美味いと思った。
そのまたごくごくと無言で薬草茶を飲み続けるこちらを、嬉しそうにフィリミナは見上げてくる。その微笑みは、黒髪のエギエディルズに対するものと、金髪のエディルカに対するもの、何一つ変わらない。
ほら、やはり変わらないのだ。どんな姿になったとしても、フィリミナはいつだって変わらず、穏やかで優しく、あたたかで、そして何よりも甘い瞳で、エギエディルズのことを見つめてくれ――……
「……?」
る、と、そう内心で続けようとしたエギエディルズは、そこでふと気が付いた。
水筒を口から離してまじまじとフィリミナを見つめる。何か、違う。いや、自分がフィリミナを間違えるはずがない。彼女は間違いなくフィリミナ・フォン・ランセントだ。そういう意味ではなく、ただ、なんとなく、何かが違う。
まじまじ、まじまじ。じー、じーっ。じろじろ、じろじろ、じろじろじろじろ。
エギエディルズがフィリミナの頭のてっぺんから足のつま先まで、じっくりと見つめていると、フィリミナは、最初は不思議そうに首を傾げていた。かわいい。続けて、気恥ずかしそうに笑いかけてくる。とてもかわいい。更に続けて、その甘い瞳が、どこか期待を含んでこちらを見つめ返してくる。どうしようもなくかわいい。
そうして、ようやくエギエディルズは、先程から感じていた違和感が何たるかに気が付いた。
「侍女服を変えたのか?」
その発言に、ぱっとフィリミナの顔が明るくなる。どことなく自慢げになった彼女は、片手でスカートの一方を持ち上げ、にこりと笑った。
「ええ、そうなんです。いつものデザインのものをお洗濯に出したところ、今回はこちらをご提供いただきまして。先日のものも素敵でしたけれど、こちらはこちらで、雰囲気が変わって素敵でしょう?」
ふふふ、と、フィリミナは胸を張った。
先日まで彼女が身にまとっていた侍女服は、大きく胸元が空いたエプロンと、清楚なボタンが胸の上に並ぶワンピース。その胸元を紅薔薇宮勤めの証である薔薇のブローチが飾るものだった。対して現在は、胸元も覆うエプロンと、シンプルなワンピース。その襟には、やはり紅薔薇宮勤めの証であることを示す、薔薇の刺繍が施されている。
なるほど、こちらも確かに悪くない。もっと言えばこちらもこちらで眼福である。
「どうですか、エディルカ様。何かご感想など……」
「いや、別に」
とはいえ感想らしい感想があるのかと問われると特にないのだ。
フィリミナにとって、どんな姿かたちであろうともエギエディルズがエギエディルズであるように、エギエディルズにとっても、どんな格好をしようともフィリミナはフィリミナだ。どんな侍女服であろうが、どんなドレスであろうが、関係ない。どんなフィリミナも、エギエディルズにとっては最高に、誰も比べるべくもないほど、それこそ他の追随を許さないほどに、魅力的な女性である。
だからこそ今更侍女服が多少変わったくらいで何か感想などあるわけもなかったのだが。
「……なんだ?」
何故こんなにもフィリミナは、なんというかこう、残念そうな、つまらなそうか、面白くなさそうな、どうにもこうにも不満そうな顔をするのだろう。心なしかがっかりされているような気がする。
しょんぼりと眉尻を下げて、肩を落として持ち上げていたスカートを下ろし、はあ、と彼女は溜息を吐く。一体なんだと言うのだろう。
「フィリミナ?」
「いいえ。別になんでもありません」
いや、どう見てもなんでもないようには見えないのだが。
つん、とすまし顔で、唇を尖らせ、先程のエギエディルズのようにそっぽを向いてしまうフィリミナに、エギエディルズは密かに慌てた。
なんだ、どうした。先程まで随分と機嫌が良さそうだったのに、何故か突然その機嫌が急降下したようだ。自分は何かまずいことを言っただろうか。いや、大したことなど言っていないはずだ。それなのに、何故。
せっかくの二人きり――とはいえ衆目があるため厳密には二人きりではないのだが――の時間なのだから、直接触れ合えない分、せめてとっておきの笑顔を見せていてほしいのに。
もしや彼女も腹を空かせているのだろうか。ああそうだ、だとしたらフィリミナが持ってきたという焼き菓子がある。
名案だ、と、閃いたエギエディルズは、フィリミナの手からバスケットをそっとさらった。エギエディルズのその行動は、フィリミナにとって予想外だったらしく、バスケットの移動とともに、彼女の視線もまたこちらへと再び向けられる。
それをいいことに、エギエディルズはバスケットからレモンケーキを取り出して、フィリミナの口元へと差し出した。ざわりと周囲がどよめいた。同時に、フィリミナの瞳が見開かれる。
「ほら。うまいぞ」
フィリミナが手ずから作ったものならば間違いなくおいしい。その確信があるからこその発言であったのだが、何故かフィリミナの顔色が真っ赤になった。
え、あの、その、ええと。
そんな要領を得ない言葉をつらつらと呟きながら、うろうろとその瞳が周囲の様子を窺うようにさまよう。
気付けば周囲の視線が、自分がフィリミナの口元に差し出しているレモンケーキに集まっていることに、エギエディルズは遅ればせながらにして気が付いた。だが、気が付いたからとて何が変わるわけでもない。フィリミナがエギエディルズのために作ってくれたレモンケーキはエギエディルズだけのもので、ゆずるとしたらフィリミナ以外の誰でもない。
腹を空かせているだろうにちっとも口を開けようとしないフィリミナに、促すように更にレモンケーキをその唇へと寄せる。甘酸っぱい焼き菓子が、彼女の唇にいよいよ触れるかと思われた、そのとき。
「――――エディルカ様!」
横から突然、数人の侍女が、あろうことかフィリミナとエギエディルズの間に割り込んできたのである。
問答無用で押しやられるフィリミナに手を伸ばそうにも、その前に立ち塞がった侍女達は、忙しくなく小鳥のようにさえずり出した。
「エディルカ様、お疲れ様にございます!」
「私達、差し入れを用意してきたんですの」
「あちらで私達と休憩なさいませんか?」
「ええ、そうですとも!」
それぞれがわざわざ用意したのか、揃いも揃ってその手でティーセットの乗ったワゴンを押しながら、薄紅色に染まる頬に笑みを浮かべて侍女達は押し合いへし合いエギエディルズに迫ってくる。
今までにない女性陣の勢いに気圧されていると、彼女達の向こうで、あらあらまあまあと言わんばかりに瞳を瞬かせながら、フィリミナがことの次第を見守っている。エギエディルズと同じく侍女達に気圧されてもいるのだろうが、それ以上に、「あらまあモテる殿方は大変ですこと」という、完全に他人事として見做しているのが見て取れた。付き合いだけは長いのだ。それくらいエギエディルズにだって解る。だからこそ余計に、エギエディルズはムカッとした。
俺は、お前の夫なのに。
そう思わずにはいられなかった。もしもこれが逆の立場――そう、たとえば、フィリミナの元にあまたの騎士達が集まっていたとしたは、エギエディルズはここぞとばかりにその間に割り込んで、騎士達を牽制したに違いない。フィリミナはエギエディルズの唯一無二の妻なのだから当然だ。
けれどフィリミナはそんな真似をしてくれることはなく、むしろ当然のものとして見つめるばかりで……これが面白いわけがない。
「エディルカ様! さあさあ私達と参りましょう?」
「ええ、ぜひぜひ私……」
達と。そう、続けられるはずだったのかもしれない侍女達の言葉が、不自然に途切れた。いいや、侍女達の言葉ばかりではなく、そのやりとりを面白げに、あるいは悔しげに見守っていた周囲の者達の言葉もまた、一斉に途切れていた。
その場は静まり返っている。たった一人を覗いた誰もが、エギエディルズ、もといエディルカの、あまりにも美しく華やかな微笑に、目を奪われていた。
うっとりと誰もがその微笑に見惚れる中で、その〝たった一人〟、つまりはフィリミナだけが、見惚れることなく顔を引きつらせている。
流石エギエディルズの自慢の妻だ。自分がとても不機嫌なことに、彼女だけはちゃんと気付いてくれる。
「フィリミナ」
「はい!」
「こちらへ」
「は……い、いえ、それは……」
「フィリミナ?」
俺が呼ぶだけで済ませている間に、こちらへ来た方が、身のためだと思うのだが?
そんな副音声は、しっかりばっちり彼女に聞こえていたらしい。先程まで赤らめていた顔色をさっと青ざめさせたフィリミナは、そそそそそ、と急ぎ足でエギエディルズの隣に並ぶ。
ああそうとも。やはりこうでなくては。そう満足げに頷いたエギエディルズは、エディルカの隣に並ぶフィリミナのことを憎々しげに睨み付ける侍女達に、さっと一礼してみせた。洗練され尽くした完璧な一礼に、侍女達の顔がとろけていく。
「生憎、私は彼女とともに職務中ですから。お気持ちだけいただきます」
「そんな……」
「少しくらい構わないではないですかぁ」
「ね! ちょっとくらい」
「もしかして、その侍女に気を遣っていらっしゃるのですか?」
「だったらその子も一緒に!」
「そうですよ、ほら、ちゃんとお茶だってたっぷり用意してあるんですから!」
諦め悪く縋ってくる侍女達の内の一人が、ワゴンからティーポットを持ち上げてみせた。きらりと侍女達の瞳が光る。示し合わせたように頷き合った彼女達は、そして、そのティーポットを、フィリミナへと向けた。
「あーっ! 手が滑ってしまいましたわー!」
「きゃー!」
「たいへーん!」
掲げられたティーポットが傾き、侍女達がわざとらしい悲鳴を上げる。
ティーポットはそのまま侍女の手から離れ、フィリミナを襲うかと思われた。少なくとも、フィリミナを含めてその場の誰もがそう思ったことだろう。
ただ一人、エギエディルズを除いて。
――――ばさり。
エギエディルズの青いマントが翻った。そのままそれはフィリミナを庇うように彼女を隠し、彼女の代わりにティーセットの中身に染まる。
きゃあ!? と、侍女達の口から、今度こそ本当に本気の悲鳴が上がった。
「エ、エディ……」
「無事か?」
「は、い」
「ならいい」
驚きのあまりにいつもの呼び方に戻っている妻に、マントの陰で笑いかけると、彼女はぽっと顔を赤くしてくれた。その反応に満足してから、予想外の事態に顔を青くして固まる侍女達をちらりと一瞥すると、彼女達はますます真っ青になって、おぼつかない謝罪を残してティーセットとともに走り去ってしまう。
フン、と、鼻を鳴らしてその後を見送って、エギエディルズはマントを下ろす。
「エディルカ様、お着替えを……」
「必要ない」
「ですが」
「どんな姿であろうと関係ないさ」
お前の前では、とは、口には出さなかったが、どうやら伝わってくれていたらしい。
走り去った侍女達とは対照的にますます顔を赤らめるフィリミナに、エギエディルズは改めて、大いに満足したのだった。