芥川賞、直木賞発表日の出版社の雰囲気
出版社のアルバイトをして一番「あれはいい雰囲気だった」と思うのが、芥川賞、直木賞の選考会の日だ。
選考会はニコニコ動画で生中継される。バイトを始めるまで知らなかったのだが、仕事中、社員達のパソコンの画面がみんな同じになっていたので、何を見てるのかと覗くと、選考会の会場が映っていた。発表されるのはいつも夕方で、たしか定時をちょっと過ぎたくらいだったと思う。
その年、僕が働いていた会社からは候補が出ていた。その本は候補になる前から重版がかかりまくっていて、「この本人気だなあ」と思いながらいつも段ボールに詰めて書店に発送していた。出版社でバイトをしているとその会社の本は読み放題だ。編集部に発送用の本を貯める棚があり、そこにある本は普通に取って読むことができる。「ご自由にどうぞ」という意味ではない。しかしアルバイトはしょっちゅうその棚から本を取って発送するので、机で本を読んでいても業務の一環にしか見えない。でも僕はその本を読まなかった。なんだか難しそうで、候補になるほどではないと思っていた。
選考会当日、編集部は自社の候補作が受賞できるかできないかの予想で持ちきりだ。「〇〇(候補作の作家)さん今どこで待機してるんですかねえ?」など、みんな浮ついた気持ちである。この、受賞作家がどこで受賞の知らせを聞いかと言うのは、あとで記事になる。これはテンプレートで、いつも同じだ。
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「結果はどこで知りましたか?」
「発表の瞬間は家にいて。のんびり映画観てました。担当編集さんから電話があって。まあ実感はあんま湧かなかったっすね」
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僕としてはその候補作が受賞しようがしまいがどっちでも良かったが、自分が働いている会社から芥川、直木賞が出たと言えるのはちょっと誇らしい。自分が書いたわけじゃないから何が誇らしいのかと言われるとそうなんだけど、本を読まない人には「今年はウチから芥川賞が出たんだよね」なんか言うと、なんとなくスゴそうに思ってもらえるだろう。芥川、直木賞とは所詮その程度のものだ。ワールドカップとはわけが違う。
で、選考が終わり、ニコニコの中継で受賞作が貼り出される。ホワイトボードに作家名と作品を書いた紙切れが貼られる。そこに我が社の作品が出てきたとき、編集部のみんなは各デスクで「うお!」と叫ぶ。そして「〇〇さん(担当編集者)スゲー!給料アップだな!」までがテンプレート。
定時は18時で、発表があったのが多分18時半くらい。他のバイトは帰ったが、僕は発表されるのを社員の画面にかぶりついて待っていた。それまで喋ったことない社員とも、そこで初めて喋った。みんな「誰が受賞するのか」という気持ちを共有しているので、その待機30分くらいは社員もバイトもみんな同じ身分になった。そして受賞が決まった時、みんな手をあげて「スゲー!」と言う。僕も拍手をする。僕も少し興奮して「え、直木賞の方は?」
と全然知らない社員に聞き、「〇〇!」のように返事が返ってくる。あのお祭り騒ぎはとても良かった。なんと言うか、大の大人がたかが小説の賞を獲るか獲らないかでここまで盛り上がっているという状況が、僕にはとても心地よく思われた。みんな小説が好きなんだなあ・・・ということだ。同時に僕はただのバイトで、担当している作家はもちろん0で、これによってボーナスが上がるわけでも、インタビューの依頼が舞い込んでくるわけでもないのを思い出し、少し悲しくもなる。ともかく、このような体験はあまりできるものではなく、ここでバイトして良かったなあと思えたのは確かだ。
この記事、新卒採用サイトに「新卒で入れなかった大卒フリーターの一日」みたいな見出しで掲載して欲しいですね。いつもくだらない記事を出すでしょう。「朝10時、スタバのコーヒを持って出社!フレックスなので朝もゆっくり!」「正午、先輩と近くのカフェでランチ!」「18時に退勤!帰りに書店に寄って担当作品のポップをチェック!帰って映画を観てリラックス!」 etc……
講談社さん、新潮社さん、その他大手出版社各位・・・・・・
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