文芸新人賞の裏側
小説には色んな新人賞があるが、それを支えているのは時給1000円のバイトである。
実際小説の大賞に応募した人は、どういう流れで選考されているんだろうと気になるだろう。僕はそれを知っている。
まず〆切1ヶ月前くらいになると編集部当てにレターパックが続々と送られてくる。先輩いわく、「〆切に余裕で間に合う原稿は面白くない。使いまわしだから」だそう。とはいっても小説の大賞なんて1年前から募集しているのに、ぎりぎりまで送ってこないのはみんなダラダラしてるだけだと思うのだが。
最近はwordのファイルでオンライン提出というのが主流になってきている。郵送でも一応募集しているが、僕の経験上、ウェブと郵送の比率は9:1である。ただ、大賞を取るかもしれない作品を紙で送りたいという気持ちは分からんでもないが(無論、全員が大賞を取れるものだと思い込んで送っている)。
〆切1ヶ月を切ると、送られてきたものから順にファイル分けしていく。まずは応募者の名前、住所、タイトル、肩書などをEXCELに入力する。新人賞の応募欄には「肩書」という謎の欄がある。ここでは『大学在籍中に世界一周バックパック成功』『●●大賞2次審査通過』『大手企業を退職後、カフェを立ち上げる』みたいな自分語りが繰り広げられる。バイトとして読む分には面白いのだが、選考には関係ないし、いるのかなこの欄、とは思う。この作業に大体1ヶ月半くらいかける。1000件応募がある大賞の場合、700くらいは〆切2週間前に滑り込みでくるイメージだ。こっちとしてはもっと早く取りかかりたいのだけど、原稿が送られてこないからには動きようがない。つまりバイトは〆切間近から直後まで残業を強いられる。まあこの残業は日中にフルで集中すれば防げるのだが。
これらのファイル整理は単に社内で検索をかけやすいがための作業である。応募ナンバー150番のタイトル名ってなんだっけ、とか、この新人なかなか面白いけど、何歳?みたいなことになった時、すぐに調べることができるというだけ。社員はバイトがここにどれだけ時間をかけているかを知る由もない。若い社員さん(可愛くて優秀)の何も知らない笑顔を見るたびに、僕は自分が大卒のフリーターで社会的にまずまず不利な立場にいることを思い出したものだ。
ファイル整理と並行してやっていくのが「第一次選考の選考委員に送る原稿のデータ化」だ。これは骨が折れる作業である。1000人の応募作は書式がバラバラで、わけのわからない改行や自己紹介文書があったりする。こういうのは選考の妨げになるので、バイトがいちいちチェックして一つのフォーマットに落とし込む。この時バイトはほぼ全員の原稿に目を通すことになるのだが、面白くないわけがない。小説家志望が書く世に出ない小説ほど個人的な文章もないだろう。
で、僕は必要以上に応募者の小説(のようなもの)を読んだのだが、はっきり言ってそれが面白いかどうか全く分からないのである。ここで名前を出すのは申し訳ないのだけど、先月芥川賞を受賞した「おいしいごはんが食べられますように」が新人賞としてレターパックで送られて来たら、よくある新人の身辺日記として落とされそうなものである。小説とは雑誌なり単行本なりなにかしらの形になって読んで初めて面白いのであって、どこぞの新人が書いたA4のゲラを見せられてもハナから期待していないというのが本音。でも「限りなく透明に近いブルー」だって最初はコピー紙だったはずだ。そこまでいくとコピー紙だろうが関係ないのだろうが、稀なケースではあるだろう。
一次審査は文芸誌の書評欄で小遣い稼ぎをしている30から50代の書評家、カメラマンなどが主。こんな連中に何が分かるんだという気持ちはあるものの、じゃあ逆に最初から日本を代表する作家が選考すればはずれがないというとそうでもないだろう。素人にもわかるほどの熱量を見せた新人が勝ちなのだ。
1次選考で90%が落とされるので、バイトの仕事量も応じて減ってくる。一次審査の選評があるところは、通過した応募者へのコメントだけをまたEXCELにコピペする。選評を読むのは面白い。辛辣な選評(全然駄目・何が言いたいのかさっぱり・幼稚)もあれば、真剣に考察している選評もある。それが落選者の手元にも届けばいいのだが、あいにくそれを任されるのはバイトで、定時にあがれるわけがないのである。
このように小説の新人賞はアルバイトの残業があって成り立っている。もっとも残業と言っても知れているし、これより面白いバイトもそうないだろう。