革新的な新卒は要らない

出版社でアルバイトを始めて3ヶ月経った頃、編集部に新卒が入ってきた。そう、何千人もの応募者から選ばれたエリートだ。

僕は当時23歳で、新卒君は22歳だった。僕は1年留年した上にフリーターで、彼はストレートで出版社の社員になったのだ。

まず見た目。とても普通、としか言いようがない。長い前髪をワックスでセンター分けにして、私服はビームスとかアーバンリサーチとか、多分そういうの。
アルバイトの席にも挨拶に来た。アルバイトはほとんどが新卒君より年上だったので、穏やかではなかった。

新卒君は少し離れた場所に座り、直属の上司にぴったり着いた。いいなあ、と思った。バイトは業務内容以外の会話を社員と交わすことはあまりない(双方の性格による)。何がいいかって、社交話として上司が「本とか読むの?」みたいなことを聞き出したからだ。「結構何でも読みますね」と新卒君は答えた。それから何個か作家をあげていったが、僕はそれを聞いてため息をついた。

新卒君が上司と話すのを聞いていると、あることが分かってきた。ひねくれたところがほとんどないのである。それは面接を勝ち抜くための最も重要な要素のように思える。僕は面接で爪痕を残そうと奇をてらってばかりだった。編集者はそういうのが好きだと、誤解していたのだ。新卒は編集会議で鋭い企画を出す必要はない。入社して数年は与えられた仕事を「ミスせずに」こなしていけばいいのだ。


出版社の新卒採用ページには「クリエイティブな人材、求む!」とか、「あなたの『好き』を語ってください(書いていて恥ずかしくなるようなコピーである)といった文句が書かれている。でも僕は面接で「僕の好き」をたくさん語った。相手もその熱量を感じ取ってくれたという感触はあった。そして新卒君の顔を見て初めて分かった。


なるほど、革新的な本を生み出すのは編集者じゃない。作家だ。作家が100%


それは出版社の新卒社員を見れば分かる。何千人の頂点に選ばれたのがあの新卒君なんだから。それが若き頃の村上龍みたいなのだったら「そうだよなあ、こんなのに勝てるわけないよなあ」と思うけど、実際はビームスかアーバンリサーチにセンター分けで、プルーストやトルストイを読むわけでもなんでもない。性格は慎ましいし、顔もまあ爽やかな方だ。会社を現状維持していくのにはうってつけの人材である。


こうも思う。


現状維持ってそれほど難しいことなのだろうか?ある程度の出版社にはそれなりの資本がバックについている。それなのにわざわざコストをかけて山のような応募者から一番安定した大学生を選ぶ意味があるのだろうか。そんなに怖いのだろうか?




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