かつて、あなたがいたのに
ヨーグルトと私の付き合いは長い。
どのくらいかと言うと、小学生まで遡る。
学校から帰ってきて、まず食べるおやつはヨーグルト。
好物だから、という訳では無く、その頃から患っていた便秘症が少しでも改善すれば、という思惑があった。
最初は加糖の三連パックのヨーグルトだった。
が、グラノーラが効く、プルーンが効く、といった噂に踊らされ、
様々な物をヨーグルトに投入するにつれ、大容量のプレーンヨーグルトを主に食べるようになった。
何故かって、それらを三連カップの容器に入れると溢れるから。
しかし、問題が1つ。
追加するには便利だが、そのまま食べるには小学生の私に酸味が強すぎた。
今まで加糖のヨーグルトに慣れていれば尚更だった。
なので、小学生の私は早々にそのまま食べる事は諦め付属の砂糖に目を付けた。
当時、プレーンヨーグルトには袋に入った白い顆粒の砂糖が付いていた。
プラスチックのフタを開けると、内蓋の間にそれは当然のように鎮座していたそれは、瞬く間に私のプレーンヨーグルトを食べる生活には欠かせない存在になった。
当時の食べ方はこうだ。
①ヨーグルトを大きめのスプーンですくい、別容器に移す。
②添付された砂糖を半分、大胆に入れる
③混ぜずに食べる
単純明快なこの食べ方のポイントは、砂糖をヨーグルトの半分に入れること。
カレーライスのようにヨーグルトと砂糖を配置できれば完璧だ。
ヨーグルトと砂糖の中間地点にスプーンを、2:1の黄金比を忠実に守りながら慎重に差し込み口に放り込めば、噛むごとに口の中に甘さと酸っぱさのハーモニーが生まれる。
すっかり砂糖が溶けきって、ヨーグルトの酸味が完全に無くなれば第二ラウンド開始。
グラノーラやプルーンを入れて、甘くなったヨーグルトとドライフルーツの硬い食感を楽しむ事ができるのだ。
この食べ方、添付の砂糖が使えるせいぜい最初の二回しか食べられない。
誰かと分けっこしたら、一回しか食べられなくなる大変稀少な食べ方だ。
ザクザク
ザクザク
すぐに溶けてしまうのにしっかりとした歯応えがあるのも心憎い。
音を立てて噛めばほろりと溶けるその砂糖は、家にある砂糖では成し遂げない、ヨーグルト本来の持つまろやかさを最大限に引き出してくれた。
天にあっては願わくは比翼の鳥、地にあっては願わくは連理の枝、とばかりに、ヨーグルトと白い顆粒の砂糖は、これ以上無い組み合わせだった。
≪時の流れと共に≫
しかし、時の流れというのは残酷なもの。
学年が上がるにつれヨーグルトに入れる砂糖の量は減り続け、中学に入る頃には「入れなくてもいいや」と、添付の砂糖は冷蔵庫の隅に追いやられるようになった。
玄宗皇帝と楊貴妃のように離れ離れになった2つ。
その内、ヨーグルト自体のまろやかさが上がった事や、私と同じように「砂糖は不要」という消費者の声を受け、添付の砂糖は姿を消した。
いなくなった事はすぐに気づいた。
が、当時は「あ。なくなったんだ」ぐらいにしか思わなかった。
それなのに、最近急に食べたくなった。
かつて比翼連理と謳った食べ方。
黄金比の織りなすヨーグルトを、口いっぱい頬張りたい。
そうなれば、途端に欲しくなるのがあの存在。
御用達のスーパーに買い物に行くついでに砂糖コーナーを覗いてみる。
あれ。いない。
あの、白くて細長い顆粒の姿、無い。
ヨーグルトには付かなくなったけれど、世間からそんなに必要とされてないの。あなた。
一旦気になると、無いことが気になる。
あちこちと、他のスーパーに行く度に覗いてみるが、やはり無い。
不思議に思って、「ヨーグルト 砂糖 正体」と検索すれば、
あの砂糖はフロストシュガーという、ちょっと特殊なものだという事が分かった。
なんてこった。
見かけない形状をしてるとは思ってた。
でも、それを知っていたら、もっと大事にしてたのに。
いなくなってから分かる存在の大きさ。
もう会えないなんて。
まさか、平成の時代で姿が消えてしまうなんて。
現実を受け入れきれず、打ちひしがれてプレーンヨーグルトの蓋を開ければ、寂しさが心を掠める。
ここに、この内蓋の上に、かつてあなたがいたのに。
いつの間にこんなにマイノリティな存在になり果ててしまったなんて。
「ママの子供の頃はね、ヨーグルトにかける用の砂糖が付いていたのよ」
なんて言って、
「もー、ママってばまた変な話してるー」
と、子供から疑惑の目を向けられる日が来るのかしら…。
≪しかし意外と簡単に手に入る≫
すっかりマイノリティになってしまったこの砂糖、実はネットでは簡単に手に入る。
通販サイトで売ってたのだ。
しかも、そこそこの大容量で手に入る。
見つけた時は感動した。
姿形は変わっても、間違いなく懐かしいあの存在だ。
しかも、小学生時代は、最初の1、2回しか楽しめなかったのに、
今や食べたいと思えばその都度欲求を満たす事ができるようになるなんて。
もう画面で見るだけでも、口の中にあの比翼連理の味が口いっぱいに広がる。
まさしく情報化社会の恩恵。
ネットは偉大。
届いたら、夫と息子に私の食べ方を教えよう。
ヨーグルトと砂糖、比翼連理の2つをテーブルに乗せ、音を立ててみんなで食べよう。
そんな風に、昔を懐かしむのも悪くはない。