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ギラン・バレー症候群(Guillain-Barré Syndrome:GBS)について

ギラン・バレー症候群(GBS)は、急性に四肢の筋力低下や感覚障害を引き起こす自己免疫性の末梢神経障害です。多くの場合、感冒様症状や下痢症状などの先行感染があり、1〜2週間後に発症します。症状は1ヶ月以内にピークに達し、回復に向かうことが多いですが、一部の重症例では生命に関わる合併症が生じるため注意が必要です。
 
概要
ギラン・バレー症候群(GBS)は、自己免疫によって末梢神経が攻撃され、神経が損傷を受けることで筋力低下や感覚障害が起こる病気です。多くの場合、発症前に感染症(風邪や下痢など)が先行し、免疫反応の異常がきっかけとなって発症します。
 
病態のメカニズム
1.分子相同性(Molecular Mimicry)
感染した病原体(例:カンピロバクター・ジェジュニやサイトメガロウイルスなど)の成分が、末梢神経の成分と似ている場合があります。この「分子相同性」により、病原体に対する免疫応答が誤って自分の末梢神経も攻撃するようになり、神経が損傷を受けます。
 
2.免疫システムの複合的な関与
GBSでは、液性免疫(抗体を介した免疫反応)と細胞性免疫(リンパ球などの免疫細胞による反応)の両方が関与します。
・抗体:血液中の抗ガングリオシド抗体(例:抗GM1抗体、抗GD1a抗体など)が神経を攻撃する。
・炎症:免疫細胞が神経の周囲で炎症を引き起こし、神経が機能しなくなる。
 
病型
GBSには主に2つの病型があり、それぞれ異なる病態が見られます。
1.脱髄型
・特徴:髄鞘(神経を覆う絶縁体)の損傷が主体。
・影響:神経の伝達が遅くなり、運動や感覚に障害が生じます。
・自律神経障害:不整脈や血圧変動などの自律神経症状を合併しやすいです。
2.軸索型
・特徴:神経の軸索(信号を伝達する本体)が直接攻撃され、重篤な筋力低下が起こりやすい。
・関与抗体:抗GM1抗体や抗GD1a抗体などが確認されることが多い。
・影響:神経の振幅(信号の強さ)が低下し、筋力低下が強く現れることが多い。
 
先行感染との関連性
GBSは、特定の感染症と関連が深いとされています。
・カンピロバクター・ジェジュニ:下痢を引き起こす細菌で、GBS発症の主要な先行感染とされています。
・サイトメガロウイルス(CMV):感冒様症状を引き起こすウイルスで、抗ガングリオシド抗体を誘発しやすいことが知られています。
これらの感染により免疫が刺激されると、感染因子と似た成分を持つ神経が誤って攻撃されることで、GBSの症状が発症します。
 
症状の特徴
・筋力低下:四肢の筋力が低下し、近位(肩や臀部)や遠位(手や足)に左右対称に現れることが多い。重症化すると四肢麻痺に至ることもあります。
・感覚障害:手先や足先のしびれが多く、運動障害ほど強くはありません。
・腱反射の低下・消失:四肢の腱反射が弱まったり、消失することがよくあります。
・呼吸困難:呼吸筋麻痺による呼吸困難が10〜30%の症例で見られ、人工呼吸器が必要になることもあります。
・自律神経症状:血圧の変動、不整脈、排尿障害など。重症例では致命的な不整脈が生じることもあるため注意が必要です。
 
診断と検査
・末梢神経伝導検査(NCS):神経の伝導速度を測定し、脱髄型(伝導速度の遅延、ブロックが見られる)か軸索型(振幅低下が見られる)を評価します。
・髄液検査:髄液中のタンパクが上昇する「タンパク細胞解離」という特徴があり、細胞数は通常正常です。
・抗ガングリオシド抗体検査:血清中の抗GM1抗体や抗GD1a抗体が測定されると、特に軸索型の確定診断に役立ちます。
・Hughesの機能グレード尺度:患者の重症度を評価するために用いられ、0〜6の段階で症状の重さを把握します。
 
※Hughesの機能グレード尺度(Hughes Functional Grading Scale)
Hughesの機能グレード尺度は、ギラン・バレー症候群(GBS)の重症度を評価し、患者の機能障害の程度を把握するために用いられるスケールです。0から6までの7段階に分かれており、スコアが高いほど重症度が高くなります。患者の状態に応じて、この尺度を用いて適切な治療方針や予後の見通しを立てるために役立ちます。
 
グレードの分類
・Grade 0:正常。神経症状が全くない状態。
・Grade 1:軽微な神経症状あり。日常生活は通常通り可能で、ほとんどの活動に支障がない状態。
・Grade 2:歩行補助具なしで5メートル以上の歩行が可能。軽度の機能障害はあるものの、サポートなしで歩行できる状態。
・Grade 3:歩行補助具(杖や手すりなど)があれば5メートル以上の歩行が可能。サポートが必要だが、ある程度の自立が保たれている状態。
・Grade 4:車椅子またはベッド上での生活に限定され、サポートがあっても5メートル以上の歩行ができない状態。
・Grade 5:人工呼吸器が必要な状態。重度の呼吸筋麻痺があるため、自発呼吸が困難で、補助換気が必要。
・Grade 6:死亡。
 
目的
・重症度評価:重症患者の早期発見や重症化予防に役立つ。
・治療方針の決定:グレードに応じて、治療の優先順位を決定する際の目安にする。
・予後の見通し:予後やリハビリ計画の策定に利用される。
 
治療方法
代表的な治療法には「免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)」と「血漿交換療法(Plasma Exchange:PE)」があります。それぞれ、症状の進行を抑え、回復を早めることを目的としています。
 
1.免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)
IVIgは、患者の自己免疫反応を調整し、異常な抗体の働きを抑えるために、高濃度の免疫グロブリン(抗体)を投与する治療法です。
 
投与方法
・投与量:1日あたり400 mg/kgを5日間連続で静脈内に投与します。
・投与開始:副作用を予防するため、最初は低用量(30 mL/時間程度)から投与を開始し、徐々に目標量まで増量します。
 
副作用と注意点
・副作用として、頭痛、悪寒、筋肉痛、胸部不快感、倦怠感、発熱、皮疹(特に手のひら)などが現れることがあります。
・投与後は血清の粘稠度が上がり、脳梗塞や肺塞栓のリスクが高まるため注意が必要です。また、無菌性髄膜炎が発生することもあります。
 
メリット
・中心静脈ルートが不要で、患者の負担が比較的少なく、第一選択の治療として用いられることが多いです。
 
2.血漿交換療法(Plasma Exchange:PE)
血漿交換療法は、患者の血液から病原となる抗体を除去することにより、免疫反応を抑える治療法です。この方法は、特に重症例でIVIgと同様の効果が期待されます。
 
手順
1.ブラッドアクセスカテーテルを挿入し、患者の血液を取り出します。
2.血液成分を分離し、血漿部分から病原抗体を取り除きます。
3.アルブミンや置換液で血漿を補充し、患者に血液を戻します。
 
PEの種類
・単純血漿交換(PE):取り除いた血漿をアルブミンなどの置換液で補います。
・二重膜濾過血漿交換(DFPP):フィルターを通して抗体を選択的に除去します。
・免疫吸着療法(IA):特殊カラムを使い、病原抗体だけを除去します。
 
副作用と注意点
・中心静脈ルートを必要とするため、患者の負担が大きく、感染リスクや血栓症のリスクが伴います。
・必要に応じて、トリプトファンカラムなどの特別なフィルターを用いることで、抗体を効率よく除去することができます。
 
3.呼吸管理・リハビリテーション
呼吸管理
GBSの進行により、呼吸筋が麻痺すると人工呼吸器が必要になることがあります。特に呼吸困難がある場合は、早期に気管挿管や人工呼吸器の準備を行うことが推奨されます。
 
リハビリテーション
回復期には、筋力の回復を目的としたリハビリテーションが重要です。早期からのリハビリが長期的な機能改善に寄与しますが、無理な運動は症状を悪化させる可能性があるため、患者の状態に合わせて慎重に行われます。
 
治療の選択基準
・GBSの治療にはIVIgとPEが同等の効果を示すことが多いですが、患者の状態や重症度に応じて治療法を選択します。
・一部の重症例では、両方の治療を組み合わせることもありますが、標準的にはどちらか一方の治療を選択するのが一般的です。
 
予後と予測因子
・modified EGOS(Erasmus GBS Outcome Score):年齢、先行する下痢の有無、筋力評価スコア(MRCスコア)を基に予後を予測します。
・EGRIS(Erasmus GBS Respiratory Insufficiency Score):呼吸管理の必要性を予測するスコアで、発症から入院までの日数や顔面神経麻痺の有無が影響します。
 
予後と注意事項
・治療を早期に行うことで後遺症を防ぐことが大切です。
・予後が悪くなる因子には、高齢、下痢症状、重度の麻痺(人工呼吸が必要な場合など)、軸索障害の兆候、自律神経障害が挙げられます。
※呼吸困難:呼吸筋麻痺で人工呼吸器が必要になることも。
※自律神経症状:血圧変動、不整脈などが命に関わるリスクになる場合もあります。
・感染後に急速な脱力が生じた場合、早急に病院で診察を受けることが重要です。

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